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2006年02月26日(日)

オペラ

やはり雨だった。
それでも15組ほどのお客様が構造見学会に来てくださった。
昨日と合わせると23組。本を読んでいる方がほとんどであるとのこと。
責任の重さをひしひしと感じる。
 
今夜契約されたお客様のご主人は大のオペラファンだという。
私はオペラに少しは興味があるのだが見たことがない。
いつかバイロイト音楽祭の初日から最終日まで欠かさずに見てみたいという野望を秘めているのだが、なじめないものを感じてもいる。
そこで尋ねてみた。
「おいくつぐらいから興味を持たれたのですか?」
「50才過ぎてからです」
「その年からというのは珍しいのではありませんか?」
奥さんが代わって答えられた。
「そうだと思いますよ。もう熱烈でしてね。近々イタリアへしばらくの間行くそうですよ」
「お一人で?」
「そうです。海外生活が長かったのですが、ドイツに赴任していた時にオペラのとりこになりました」
一人でも行く。
そうなりたいと思った。
そして、そのドイツで思い出した。
知人夫妻がドイツに着いた夜にベルリン国立歌劇場に招待されたそうだ。
奥さんはオペラファンなのだが、知人は初めて見ることになった。
フライトの疲れと時差ぼけで、10分が過ぎた頃から猛烈な睡魔に襲われ、それと戦うのに大変な思いをしたというのである。
「松井さん、オペラは体調が良くないときには見ないことです。でも一度は本場のオペラを見るといいですよ」と忠告してくれた。
 
オペラというと思いだすことがもう一つある。
浅利慶太さんが「時の光の中で」(文芸春秋)書かれていることだ。
指揮者のロリン・マゼールとの思わぬ約束から、プッチーニの「マダム・バタフライ」の演出をすることになる。
そこで
「必死になって『バタフライ』を聴きはじめた。『ある晴れた日に』など世界的名曲に彩られたこの作品の上演が何故そんなに難しいのだろう。譜面にも当たり、様々な資料にも目を通す。オペラに不馴れなので何回きいても難しくてよく解らない。10回聴き、20回聴く。体中にオペラ・ジンマシンが出てくるのに耐えて聴き抜いていると、40回ぐらいからか、なんということだろう、プッチーニの音楽がきこえはじめた。そしてなるほどこれは難しいと思った。」
オペラの奥深い魔力を垣間見るようなエピソードだ。
 
私は書斎の壁に、オルビンスキーのリトグラフを飾っている。
オルビンスキーは、オペラのポスターをこれまでになかったユニークな発想で描くことを得意としている画家である。
それを眺めながら、来年、ミラノのスカラ座でアイーダを見ている自分の姿を思い浮かべた。

カテゴリー: 投稿者 :松井


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