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2006年04月06日(木)

ルノワール(THE LOGE)

4月5日の日経の文化欄に、国立西洋美術館館長青柳正規さんが
「まなざしの行方」というタイトルで、ルノワールの「桟敷席」を解説していた。
「この筆づかいと彩色の目的の一つは、あらぬ方向をオペラグラスであおぎ見しているエドモンドにニニを対比させることである。そしてもう一つは、本来のまなざしが向かうべき方向からかすかにずれているニニのまなざしを強調することだ。
このまなざしのずれによって、ニニは男を惑わす娼婦と解釈されてきた。しかし、ルノワールが狙ったのは、胸のコサージュや大胆な縞模様の衣服を一巡してからニニの美しい顔へたどりつき、ふたたび衣服へともどる、そのように、鑑賞者のまなざしを動かせ、さまよわせることであった。
もし、ニニのまなざしにかすかなずれがなかったら、われわれの視線はとっさに彼女の眼に吸いこまれたであろう。入念かつ繊細な配慮がまなざしに加えられていたのである。」
 
青柳さんの解説を何度も読み返した。そしてなるほどと感嘆する一方で自分に落胆した。
私は、この絵に巡り会ったとき、豊かな胸のふくらみを包みこむように描かれている黒の縞模様の異様さに目を奪われた。
つぎに女性の顔を見た。そして彼女のまなざしにずれがあるように思った。それを私は、筆づかいのちょっとしたミスの結果なのだろうかと受け止めていた。しばらくして、背後にいる男がオペラグラスを左手に持って、あらぬ方角を見ていることを訝しがった。と同時に、二人の関係に想いを馳せていた。
それからだった。彼女の眼に吸い込まれたのは。
じっと見つめると、彼女のまなざしのずれは消えてなくなり、しっかりと私を見据えるようになっていた。しかも、深々とした美しさを湛えていて、見れば見るほどに魅力が増していくのだった。
私は彼女の視線に耐えられなくなって絵の前からいったん立ち去った。しばらくして呼吸を整えてから、再度その絵の前に立った。
私がニニのとりこになったのはそのときからだ。
たしかに、左目の視線がずれるように見えることがあるのだが、その瞬間に目を逸らされてしまうのでは、という不安でドギマギするようになった。
いつのまにか、ニニのまなざしを独り占めしたくなってしまっていたからだ。
 
ところで、ニニのまなざしがかすかにずれるように見えるのは、左目の睫毛に前髪のほつれがかかっているからだと思う。ルノワールの「入念かつ繊細な配慮」を、私はそこに感じる。
 

カテゴリー: 投稿者 :松井


 
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