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2006年04月28日(金)
マツミの将来

林さんが現場監督を辞め、大工になりたいと申し出てから1年半が過ぎた。
親方の高橋さんは、「素直で、根性があり、真面目だ」と評価している。
久保田さんが、
「もう一度出直せるなら、私は大工さんになりたい」と言つた。
林さんは、「仕事がおもしろく感じるようになってきました。毎日が楽しいです」
と答えた。
車の中で、「林さんの目の輝きがすてきだ」と言う久保田さんの目が、少女のように輝いていた。
親方は、石膏ボードの張り方を厳しく指導すると教えてくれたのは、監督の篠田だったが、たしかにそのとおりで、釘の打ち方もきれいだ。
昨日は、工事部の篠田、加藤、朝倉、そして設計士の大畠と夕食を共にした。
加藤は、「いい家」をつくる会のメンバーであるカネカホームの社長の長男である。
彼がこんな話を聞かせてくれた。
「私が大学1年の時に、父が本を送ってくれたのです。それが〔「いい家」が欲しい。〕で、そこに天声人語の切抜きが挟まれていました。当時、それから5年後に、社長のところで働かせていただくことになるとは夢にも思わなかったことでした」
篠田が言った。
「良きライバルで、尊敬していた澤井さんが辞めるとき、彼は新人の加藤さんを自分の後継者にしようと決めて、マツミの家づくりの基本を厳しく指導してくれました。
ぼくは澤井さんを見習って、朝倉さんを一人前にするために指導しています。朝倉さんは学ぼうとする意欲がすごい人なので楽しみです」
その朝倉に向かって質問した。
「ご両親は何と言っている?」
「両親は、いい会社に就職したと喜んでくれています。最近分かったのですが、母の恩師がマツミの家に住んでいるそうです。Mさんといって、武蔵野市に。その方が、住み心地がすばらしいだけではなく、あとの面倒見がとてもいいとほめていると母から聞きました」
「えっ!Mさんなら、私が担当ですよ」
大畠がうれしそうに言った。
そして、こう続けた。
「天声人語といえば、私が担当したTさんを思い出します」
みんなが話の先を聞きたがった。しかしわたくしはそれをさえぎった。
「その話はまたの機会にしよう。涙が出てしまうのでね」
そこに食後のデザートとして注文したマンゴプリンが運ばれてきた。
バーミヤンで食事するときは、それがいつものコースである。
「おいしいです!」
朝倉が、さわやかで人懐っこい笑顔を私に向けた。
昨日も、今日も、私はマツミの将来に明るさを感じ、うれしくなった。
カテゴリー: 投稿者 :松井









