2007年06月13日(水)
クレッシェンドな人生を
瀬戸内寂聴さんが書かれた「秘花」(新潮社)を読み終わった。
72歳のときに佐渡に流され、81歳で死んだ世阿弥の生涯を描いた作品である。
「序」の最後の7行である。
「能の大成者で能聖と崇められている世阿弥の晩年の謎に迫りたいと思ってから、三年が過ぎている。
世阿弥のおびただしい作能の中で、「鵺」ほど哀しい作はないと感じた時から、わたくしは鵺こそ世阿弥の心の闇だと思いこみはじめていた。
犯されまいと抗ったのではなく、犯されたくて夢の中まで身悶えしていたのではなかったか。そう気がついた時、ようやくわたくしの錆びかかったペンが、たっぷりとインクを吸いあげていた」
その7行によって、私はこの作品のとりことなっていた。
読み終わって、瀬戸内さんが積み重ねてこられた85歳という年齢の深み、味わい、感性、洞察、想像、学識、体験、芳醇な色気に圧倒されていた。そして、その年齢の高みと色気なくしては、世阿弥81歳の人生をかくも感動的に語り得なかったであろうと思った。
ところでこの2行を、瀬戸内さんはどなたをイメージして書いたのだろうか?
「その端正な横顔に、わたくしはしみじみ美しいと見惚れた。もう七十の坂も半ばを越えた老人で、これほど美しい男がいるであろうか」
75歳を過ぎて美しいと思われる顔であるためには、並外れて充実した人生が必要なことは確かだ。
今日の読売新聞は、「時代の証言者」で95歳になられる日野原重明さんの談話を取り上げている。
「年を取るにつれて、人生がクレッシェンド(音楽用語で「次第に強く」)になってきた。まだまだやりたいことがたくさんあるんです。私の予定表は10年先まで埋まっているの」
「すごい!」の一言に尽きる。
瀬戸内さんも、日野原さんも、若々しく輝いて見える。
クレッシェンドな人生を創ろう。
カテゴリー: 投稿者 :松井









