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2007年09月02日(日)
ロマンチック街道−5
〔その2−久保田紀子記〕
ディンケルスビュールには、1440年に建てられ木組みの家としては南ドイツでもっとも美しいしいとされるドイチェス・ハウスがある。
いったい、どんな住み心地なのだろうか、それを宿泊体験してみたくて訪れた。
ところが、手違いで私の部屋はリザーブされていないという。わずか10部屋しかないので代わりの部屋が用意できない。ちょっと太り気味の初老のフロントマンは、ドイツ人らしく威厳に満ちた態度で謝罪を繰り返した。松井さんが、同じように威厳を示しつつ、「ここと同等か、それ以上に良いホテルを紹介してください」と頼んだ。
松井さんの部屋を見させてもらっているとフロントマンがやってきて、いい部屋が取れたと言う。「ゴルデネ・ローゼ」といって、建築された時代はほぼ同じだという。
「えっ、1440年頃に建てられた建物が二つもあるなんて!」。私はすっかりうれしくなった。それに名前もいい。ホテルの前に出て彼が指差す方角に、壁が薄いピンク色をした可愛らしい木組みの建物が見えた。
(一番左の建物)

「あのホテルならいいです」
私の笑顔を見て、松井さんはホッとした表情になった。
ところで、あそこまでどうやってバックを運んだらいいのだろうかと思った瞬間に、先ほど松井さんのバックを三階まで持ち上げた女性の従業員が再び現れた。彼女は若くて美しい。にっこり微笑むと、バックを持ち上げて歩き出した。
石畳なので転がしていくわけにはいかないのでやむをえないとしても、仕事に対する忠義に畏敬の念すら覚えてしまう。休むこともせずに娘のバックも運んでくれた。
私は、ディンケルスビュールに幸先の良さを感じすっかりうれしくなった。

ところがであった。
フロントでキーを預かり、3階の部屋を目指して階段を一段一段と上っていくと気持ちが動転し始めた。階段がギシギシ鳴るのは古さの故に仕方がないのだろうが、踏み面の傾きは尋常ではない。一段一段の傾き加減が違うのだ。体の中心が定まらなくなってよろけてしまいそうになった。娘は「なーに、これ!」を連発する。ようやく階段を上がり切って、3階の床を歩くと床は抜けんばかりにミシミシと音を立てる。自然倒壊してしまうのではなかろうかという不安がよぎる。
娘が「この建物、震度3で崩れるぅ!」と恐怖の叫びを発した。部屋に入って見回せば、天井に見える梁と壁の間に、窓際からドアまで亀裂が入っているではないか。
それを見て、娘が言った。
「ねえ、今夜は外で寝よう」と。
ドアを閉めた娘が「ドアの鍵が壊れている」と言い出した。鍵の固定が甘くなっていて、がたがた状態なのである。何回か鍵を差し込んで閉め方を会得することはできたが娘は「これでは無用心だから直す」と言い、スーツケースの鍵で緩んだネジを回し込んでガタつきを改善した。
「やった、さっきより安心できる」
たったそれだけの手を加えただけで、不思議と不安が消えてなくなった。すると床鳴りも、クローゼットの扉のきしむ音も気にならなくなった。
ベッドに身を投げ出して天井を見上げていると、ロビーで見かけた写真が思い浮かんできた。1891年に、クイーン・ビクトリアが宿泊したときの写真だ。
女王陛下も、あの階段を上がったのは確かだ。
段板の軋みとゆがみを、きっと愛でながら。
そう思うと、それらを絶対的に嫌い、ミリ単位の厳格さを追い求める現代の日本の家造りの感覚で、ロマンチック街道屈指の建物を体感的に評価したのは間違っていることに気づいた。ドイツでは地震が起きないと信じるならば、軋みも、ゆがみも、亀裂でさえも味わい深いものに感じられる。
隣のベッドで、いつの間にか娘は眠ってしまった。
その寝顔を見ていると、こうして娘と連れ立ってロマンチック街道を旅して歩ける幸せをつくづくと感じた。
すぐ近くにある聖ゲオルク大聖堂の鐘の音が心に染みる昼下がりだった。

カテゴリー: 投稿者 :松井









