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2008年04月21日(月)
ハナミズキの思い出

事務所の玄関脇に植えたハナミズキが最初の花を開いた。
ハナミズキは街路樹としてごく普通に植えられているが、植木屋さんが何を植えましょうかと尋ねられたときに私は迷わず選んだ。
思い出があるからだ。
20年ほど前に、高額の建売が売れ残ってしまったことがあった。当時のマツミの経営状況では、それが売却できなければ倒産を覚悟するしかなかった。
庭には、写真のよりもはるかに立派な枝振りのハナミズキが植えてあり、ほれぼれするような見事なピンクの花を咲かせた。完成したのは前年の10月だったから半年が過ぎていた。
私はハナミズキを眺めながら一日も早く売れることを願っていた。
それから1年後にも、私は二回目の花見をすることになった。売値を下げるべきか、がんばるべきか悩みながら。そしてさらに1年が過ぎた。売値は半値になっていた。花が咲き終わる頃までに売れなかったら、いよいよ倒産を覚悟しなければならないところまで追い込まれていたからだ。
その日はどういう風の吹き回しか午前と午後で2組のお客様から見たいという申し入れがあった。午前の人は千葉からやってきた誠実そうな60前後の夫妻で、家の中を案内するとどこを見ても「いいですね、すばらしいですね」と感嘆の言葉を惜しまなかった。
最後に、庭に出た奥さんが、「まあ、すばらしいハナミズキ!私は大好きです」と叫ばれた。それを見て、ご主人が「松井さん、この家に決めさせていただきます。私たちの終の棲家です」と力強く言われた。
「私たちには娘がおります。これから帰って娘と相談し通勤に支障がないというのであれば契約させていただきます」
夫妻は、そういい残して帰っていった。
一人になって、私は「ばんざい!」と何回も叫んだ。
午後のお客様は、50才前後のやり手事業家という感じのご主人と品の良いスマートな奥さんだった。
二人ともほとんど口をきかずにきびきびと見て歩いた後に、やはり庭に出た。
すると奥さんが「まあ、すばらしいハナミズキ!」と感嘆の声を発した。その笑顔があまりにも素晴らしかったので見惚れているとご主人が急に言われた。
「この家には、いつから入居できますか?」と。
「すぐにでも大丈夫です」
私は、予想していなかった質問にかなりあわてて答えてしまった。
「そうですか。それはよかった。実は、我々はすでに大阪の家を処分してしまっているのですぐにでも引越ししてきたいのです」
そのときになって私は午前中のお客様の顔を思い浮かべた。
「あのー、実は今日の午前中にご覧になられた方が買いたいと意思表示されていますので・・・えーと、どうしたらよいものか・・・」
私の頭はフル回転を始めていた。目の前の人はすぐに決済すると言っている。先の人は娘さんの意見によっては買わないこともあり得る。それに、いざ契約となると値引きを求められるかもしれない。
会社の経営は待ったなしで資金を必要としている。
「あのー、お支払いはどのようになりますでしょうか?」
「それは、ご希望通りでかまいません。いや、こちらとしては1週間以内に全額お支払いできます」
「わかりました。それでは先約の方に連絡しまして、その結果を明日お伝えします」
私は、一人になって家中を歩き回った。
「精魂込めて造った甲斐があった。これはいい家だ。本当にいい家だ。自分で住みたい家だ。手放したくない家だ」と独り言が尽きなかった。
やがて冷静になって、「そうだ、千葉の人はお断りしよう」と決意した。
その夜、千葉の人から電話が入った。娘さんは都内に通うので武蔵小金井からの通勤は問題ないというのでぜひ契約したいと。
ただし、千葉の家を売っているのでその都合で残金決済は2ヶ月後にしてもらいたいとのことだった。
私は、すぐにその話を大阪の人に伝え、今回はご縁がなかったものと諦めてくださいとお願いした。
翌朝、大阪の人から電話があった。
どうしてもあの家に住みたいので2千万円高く買わしていただくから譲って欲しいと。私はいったん電話を切って、何度か深呼吸をした。
「2千万円!」
それは大きな違いだ。しかし、昨夜電話で聞いた千葉の人の声が耳にこびりついて離れない。
「松井さん、私たちは本当に感謝しています。あなたは私たちのためにあの素晴らしい家を造ってくれたのです。一生懸命働いてきた甲斐がありました。これからの人生が楽しみになりました。女房は、あのハナミズキを一生眺めて暮らせると思うと本当に幸せだと涙を流していましたよ」
私は大阪の人に電話した。
「私が造った家をそうまで気に入ってくださったことを本当にうれしく思います。ですが、今回は先約のお方がどうしてもと言われていますのでどうかご勘弁ください」
それから、重い沈黙となった。やがてご主人が言った。
「私たちは、これまでに17軒の家を見て歩きました。ようやく18軒目で出合えたのです。それも思い描いていた以上に素晴らしい家とです。デザインも間取りもインテリアも、すべて気に入りました。不動産屋さんから後で聞いたのですが、売値を半値になさったそうですね。元の値段ではとても予算に合いませんでしたから、私たちには情報が入らなかったのです。しかし、半値だから気に入ったのではありません。
もしも先約のお方の話が整わない場合には、申し入れましたとおり2千万円高く買いますからぜひお知らせください。妻が、あのハナミズキを眺めて暮らしたいと言っていますので」と。
言葉の響きの隅々にまで誠意が込められていた。
私は、全身が熱くなった。
そして、苦境を脱出できたと直感した。目先の欲に迷わされずに、先約を守ることができたからにはマツミは絶対に倒産しない、そう確信した。
と、書くとカッコいいのだが、そう心底思えるようになるには半年ほど掛かった。
正直に言えば、支払日が近づくたびに「ああー、2千万円があれば・・・」と思ったものだ。
マツミではそれを最後に建売を止め、注文住宅一筋の道を歩むことにした。
素晴らしいお客様との出会いほど工務店にとってカンフル剤はない。
それはあのハナミズキがもたらしてくれたようだ。その木は、今も小金井のS邸の庭で美しく咲いている。
カテゴリー: 投稿者 :松井









