<< なぜ職人が生き生きしているのか? | メイン | 良心の痛みを感じないか! >>

2008年05月15日(木)

木に宿る魂

今日の日経夕刊は、C.W.ニコルさんの話を紹介している。
出だしはこんな風に。
<僕は子どもの時泣き虫で弱々しかった。ある時おばあちゃんに大きな木に抱きつけと言われました。「森の木には魂があって強くて優しい。人は木からパワーをもらえる」と教えてくれたのです。実際、森に入るといつも「いいなあ」と思い、心が落ち着きましたね。一人で森の中を歩くと度胸も体力もついて来て心身ともにたくましくなった。僕だけでなく、子どもは何も言わなくても大きな木を見つけると両手で抱きつきますよね。木に何か、魂や力を感じているのでしょう。>

そして締めくくりの言葉として、
<苗木が大木になるまでには数百年かかる。森づくりは未来を信ずること。
ずっと後の世代とつながる感覚が、木々と向き合う作業を楽しいものにします。>とある。

ニコルさんの感性、哲学の対極にあるのが、盛んに「ロングライフ」を自慢するヘーベルハウスの家づくりだと思う。
鉄とコンクリートで造られる家。うたい文句はすばらしい。
<家族と地球の将来を考えた家。
将来も資産価値が落ちず、社会の資産として町に残り続ける家。
住む人の永年にわたる愛着を受けとめ続け、消費のサイクルから脱却する資質を備えた家。>
しかし、鉄とコンクリートに、住む人は魂や力を感じることができるのだろうか?

ヘーベルハウスは問いかけている。
<あたりまえのことですが、私たち人間の生活には住まいが必要です。
そして、私たちにとっての住まいは、他の生物にとっての棲家以上に、深い意味を持っています。>と。
深い意味を知りながら、鉄とコンクリートで住まいを造るとは、欺瞞に思えてならない。

カテゴリー: 投稿者 :松井


 
PAGE TOP