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2008年06月07日(土)

孤塁の人

今日の読売夕刊「私のいる風景」で、書評家である目黒考二さんの言葉に出合ってホッとした。
「睡眠時間を削る。酒を飲まない。家庭のだんらんを避ける。友人と会わない。たくさん本を読むということは、それだけ非人間的な生活なんです」
正にその通りだと思う。私は、それに加えて、会合や会議、宴会などにはできるだけ参加しないことにしている。しかし世の中にはその逆に、極めて人間的な生活をしながら多読な人もいる。そんな人に巡り会うと、劣等感を感じてしまうことがある。

昨日、久保田紀子さんから、津本 陽著「孤塁の名人」(文芸春秋)をプレゼントされた。
副題は「合気を極めた男 佐川幸義」となっている。
出だしの22行を紹介したい。

私が東京都小平市の大東流合気柔術宗範佐川幸義先生の道場を、はじめて訪ねたのは昭和62年(1987)7月3日であった。その日は、佐川先生の八十五歳の誕生日であるという。五十八歳であった私は、文芸春秋の編集者で、空手の高段者であったT氏から、合気術の稽古を拝見にゆかないかと誘われたとき、ただちに応じた。
道場には諸武道の鍛錬をつんだ人々が、数多く入門し、稽古に汗をしぼっているというが、その顔触れを聞かされると、おどろくほかない猛者がそろっている。
彼らは老師に手をとられ、直接指導をうけることを、このうえもなく光栄に思っているそうである。
「直接指導というと、技のかけかたをなおしてもらったりするのですか」
T氏はいった。
「そうじゃなくて、稽古をつけてもらうんですよ」
「えっ、八十五歳で実技の指導ができるのですか。体力がついていかないでしょう」
「それが凄いらしいんですよ。技において、歯の立つ門人が誰もいないというんだから。七十歳頃に、『体の合気』ができるようになってから、突き、蹴り、投げ、押しなどなんらかのはたらきかけをする者が、先生にふっとばされるんですよ」
「投げたり、足払いをかけたりするんですか」
T氏の返答は意表をつくものであった。
佐川先生は投げたりはしない。手や上体をわずかに動かすだけで、相手が宙に飛ぶというのである。先生の体に触れず、だぶだぶのセーターをつかんだだけで、わずかな身動きによって三メートルも飛ばされるという。
先生の身長は百六十三センチ、別段肥ってもいないふつうの老人であるそうだ。

本には、久保田さんからのメッセージが添えられていた。
「松井さん、70歳にして新たな『住み心地道』を切り開き、85歳にしてその道を弟子たちに指導する人になってください。
期待した社員が去っていったからといって、こころが虚しくなるようでどうするのですか。
わが道を突き進み、孤塁の人であり続けてください」

カテゴリー: 投稿者 :松井


 
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