涼温な家 住み心地体感ハウス

松井修三の
思ったこと、感じたこと

一つ屋根の下での「賃貸併用住宅」

投稿日:2015年7月4日

25年前に東京都小金井市で賃貸併用住宅を建てたKさんと偶然出会った。

駅前のスーパーのレジで、すぐ後ろの人に声を掛けられたのだ。

その人はだいぶお年寄りで、歩くのが大儀そうだった。

「松井さんですよね。わたしKですよ」。


当時のKさんは、ユーモアにあふれた軽妙洒脱な会話が得意で、奥さんとの会話はまるで息の合った漫才師を思わせた。

相談したいことがあるというので、7分ほど歩いてご自宅にお邪魔した。道中の話では、奥さんは3年前に亡くなられ、Kさんは87歳になったとのこと。

kさん宅は、アパートが8部屋ついた賃貸併用住宅である。

玄関を入ると、足の踏み場がないほど物が溢れ、おしゃれな家具や調度品で飾られているリビングにも、あらゆる物が積み重ねられていた。イタリヤで購入したという大きめの円形テーブルの上は、これ以上載せようがないほど雑多な品物が満載で、その上に買物してきたばかりのビニール袋が積み上げられ、かつてご自慢だった大理石はまったく見る影もなかった。


「ちっとは片付けなさいよ、と松井さんの目は語っていますが、これらはみんな女房との暮らしの思い出ばかりで、この雑然・混沌が私の孤独を癒してくれているのです」

少しろれつが気になったが、私の心理を推察するのだから頭は相変わらず冴えているようだった。


「相談っていうのは、実はアパートの扱いで参っているのです。駅前の不動産屋に一括委任しているのですが、古くなったせいか年々賃料を下げられ、まあ、それは仕方がないとして、入居者の質がどんどん悪くなってしまっていて、ご近所から苦情が絶えません。

やれ、ゴミの出し方が無茶苦茶だとか、夜遅くに友達が車でやってきて、路上駐車をする上にエンジンをふかす。ドアをパタンパタンと開け閉めする。大声でしゃべる。それと、毎年のことですが、この梅雨時期になると雑草が茂ってしまい、アパートの住人がそこにコーヒーの空き缶やゴミを捨ててしまうんで、もう、この年になるとお手上げです。不動産屋にきれいにしてくれと頼むと1回で10万円近く取られます。

女房がいたときは、彼女がご近所やアパートの住人との付き合いを上手にやってくれていたので、そんなに気にならなかったのですが、こうして独り暮らしになってみるとアパートに関わるゴタゴタにはうんざりさせられます。もう、そんなに収入はなくていいので売ってしまいたいのですが、ご存知のように一つ屋根の下ですからね。

女房を亡くしてから、一つ屋根の下に他人と暮らすことがすごく嫌に感じるようになったのです。

建物を分離してしまう手立てはないものですか?」

Kさんは、お腹の中のつかえを一挙に吐き出すように言った。


「例えば、ご自宅とくっついている部分の上下階を取り壊して、完全に縁を切ってしまったらどうでしょう。角部屋が二つできますし、費用も安上がりで、そしてアパートの方を売ってしまうのです」

「それは私も考えていました。やはりいい考えなのですね。実は、全部を売り払って老人ホームへ行くことも考えたのですが、そうすると、女房との思い出を失ってしまうようで嫌だったのです。

この家は、松井さんが精魂を込めて造ってくれたので、とても住み心地が良く、いつも女房と感謝していました。いろいろ工夫していただいたアトリエには、いまも作品をそのままにしてあります。ご承知のように、女房は大の話好きなので、いつも松井さんが来ると話に夢中になってしまうものだから、松井さんの足が遠のいてしまってね」

Kさんは、奥さんが隣に座っているかのように笑いかけた。

「でも、今日こうして偶然お会いできたのは、きっと女房の導きとしか思えません」。


いま、「賃貸併用住宅」がブームになっている。収入と相続税で二重に得すると、良いことずくめの提案が花盛りだ。

そんな中で、建てて25年後には賃貸を止めたいと願う人もいるのだ。

Kさんは、賃貸は煩わしいという。防音・防火が安心であっても一つ屋根の下での暮らしは、どこか息が詰まる感じがしてならない。これからは、女房との思い出を大切にしてこの家で余生を全うしたいと願われている。


私は注文を引き受けたときに、Kさん夫妻の25年後を想像していなかった。

住む人の25年後の幸せを願ってはいなかったということになる。


賃貸併用住宅は、税制の改正を追い風にして、造る側にとってはスマートハウスと同様にいい商売にはなるだろうが、はたして住む人の幸せに役立つものなのだろうか。

一つ屋根の下での賃貸併用住宅の計画に当たっては、入居者との関係はもちろんのこと、近隣関係、空家となったときの管理の問題、環境維持、自殺、犯罪、災害発生、大地震など、いずれ生ずるであろう厄介さについてあらゆる面からシミュレーションして取り掛かることが大事だ。


大手ハウスメーカーは、商売とはいえあまりにも美化し、バラ色の老後を描いて見せ、良いことずくめを言い過ぎていないだろうか。

これからの時代、賃貸人は賃借人とは比べものにならない精神的・物質的・経済的リスクを負うことになるのは必然だ。それらのリスクを、一つ屋根の下では避けようがない。


幸いKさんの造りは、屋根続きであるが道路付けがよく分離が可能だ。税制上、不利な扱いを受けるにしてもそうしたいとKさんは強く望まれた。


  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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