涼温な家 住み心地体感ハウス

松井修三の
思ったこと、感じたこと

中古住宅を「涼温換気」にリフォーム

投稿日:2014年1月5日

横浜市西区に中古住宅を購入され、昨年「涼温換気」へとリフォームをされたUさんさんからお手紙を頂戴した。

私の75歳の誕生日にご紹介できるのはうれしい限りである。


新居に住み始めて2ヶ月が経ちましたが、住み心地にとっても満足しています。この環境をおつくりいただいたマツミハウジングさんに心から感謝申し上げます。


札幌に住んで43年。東京生れで90才に近い母との二人暮らし、北国での冬の生活はとても厳しく、終の棲家は故郷に得たいといつも考えていました。その願いがようやく叶って、弟の会社のすぐ近くに中古住宅を手に入れることが出来ました。

そこでリフォームをしてくださるところを探すことになりました。


私は、札幌で30数年健康にかかわる仕事に従事してきました。

食生活の改善、身体の鍛え方などは日頃から実践してきていましたが、あと一つ大いに気になっていたのは毎日吸う空気の問題だったのです。終の棲家は、空気のきれいな家にしたいというのが最大の望みでした。

これはと思う工務店に相談すると、首をひねるばかり。大手ハウスメーカーでは、新築ならともかく、リフォームで換気をとやかく言う客はいませんよと軽く扱われる始末で、どうしたらよいものか悩んでいました。


5月、思いあぐねていた時に、日経新聞の広告に久保田さんの著書「さらに『いい家』を求めて」が載っていました。今思い返しても不思議としか言いようのない力に導かれてご本を購入しました。

読み終わって、いや読んでいる途中にも強い衝撃が走り、会長さんと社長さんの本も一気に読ませていただき、「ここにすべきだ!」と私は心の中で叫んでいました。

すぐにマツミさんに電話をし、社長さんにお目にかかり直接「涼温換気」の説明を受け、その場でこれしかないと決断したのでした。

嬉しいことは、担当になった一級建築士の三沢さんのお人柄のすばらしさ、それにも増してセンスが抜群だったことです。家具の配置や絵の位置などを私の想像以上にぴったりと納めてくださいました。大工さんの西村さん親子をはじめ、職人さんたちが実によく働いてくださいました。


より嬉しかったことは引っ越して3日目に気付いたのですが、化粧ののりぐあいがとてもよくなり、ハンドクリームの使用頻度が明らかに少なくなったことです。最近では、風呂上がりの肌の湯のはじき方が、若返ったかのようになってきています。


アレルギーがひどい姪が泊りに来て言うには、いつも気の毒なほどグシュグシュしている鼻水が夜中にほとんど出なかったそうです。喘息が持病の友人が泊まった時も、いつもの発作が出ずに呼吸がとても楽だったとのこと。

そして、私のことですが、ドライアイでちょくちょく目が真っ赤になるのに、この家に住むようになってからほとんどならなくなりました。


私は、月のうち10日は横浜、20日は札幌の家で生活をしていますが、目の赤くなる頻度が格段に違うのに驚いています。私の眼は、空気中のゴミに反応しやすいとお医者さんから言われてから、床を雑巾で拭くように心掛けているのですが、横浜の家と札幌の家とでは雑巾をバケツで洗った水の汚れ具合がまるで違います。横浜の家では、水が汚れないのです。それを見るたびに空気のきれいさの違いに驚いています。

以前は、窓を開けさえすれば家の中の空気はきれいになると思い込んでいたのですが、それは大間違いであることに気付かされました。


この家のあたたかさと空気のきれいさは、社長さんの説明と、久保田さんの本に書かれているとおりであると、毎日母と一緒に「よかったね」と言い合って喜んで暮らしています。皆様との出会いに心から感謝しています。

耐震性も改善していただき、期待以上の住み心地が得られて、余生をこの家で安心して、楽しく健康で暮らしていけると思うとうれしくてなりません。

本当にありがとうございました。

  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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