マツミハウジングは東京・神奈川・埼玉で
住み心地のいい家 「涼温な家」を建てています。 「涼温な家」マツミハウジング

涼温な家 住み心地体感ハウス

松井修三の
思ったこと、感じたこと

上棟、地鎮祭、ご契約

投稿日:2013年1月19日

昨日は、横浜市旭区のI邸の上棟が無事行われた。

Iさんはご主人亡き後、二人のお子さんを育て上げ、大掛かりな造成工事をやり遂げ、念願のマツミの家を建てることになった。

3年がかりで迎えた上棟の見事にライトアップされた晴れ姿を、心の中でご主人に報告していたに違いない。いま住んでいる家の寒さは半端ではなく、上棟の現場にいるほうが暖かく感じると笑われていた。

私は、とび職、大工、工事部が一丸となって、低温注意報もものともせずに頑張ってくれたことに感謝した。


今日は、相模原市でK邸の地鎮祭が行われた。

霜柱が5センチもの高さになって残雪を持ち上げている敷地を、工事部の篠田、伊藤・相坂・中込が見事に整地し準備を整えた。

宮司さんが言われた。

「マツミさんの準備の良さには感心しました。神様もさぞやお喜びのことでしょう」と。

Kさん夫妻は、小学生の二人の息子さんの前で堂々と鍬入れの儀式を行った。


午後から、茅ケ崎市に建てるAさんからご契約をいただいた。

AさんもIさん同様に未亡人の方である。独立している二人の息子さんたちは、家造りに関心が薄いので、同居する姉さんと相談しながらここまでやってこられた。

姉さんの話では、当初現場が遠いという理由でマツミに断られたので、大手ハウスメーカーか地元の工務店に頼んだらと何度も説得したそうだ。

そのたびにIさんは絶対にマツミに建ててもらう、松井さんに直談判してでもお願いするのだと聞く耳がなかった。周りに数多く建てられているHハウスやSハウスの家を見ていると、冬の寒い日に北側の窓が開き、夏の暑い盛りにはすべての窓が開く。そんな家には絶対に住みたくない。これまで一生懸命に働いてきたのだから、老後は住み心地一番の家で暮らしたい。私が住みたいのはマツミの家なのだという信念は日ごとに強まるばかりだったという。

私はIさんにお会いして、その揺るぎない信念に感動した。契約が終わってから思った。

お断りしなくてよかったと。

  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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