涼温な家 住み心地体感ハウス

松井修三の
思ったこと、感じたこと

「900年前の鎌倉人のささやき」

投稿日:2013年12月10日

昨日、横浜市戸塚区でI邸の地鎮祭が行われた。

祭事は平戸白旗神社の神主さんだった。80歳になられるそうだが、祝詞奏上の声は朗々とし寒空に響き渡った。

玉串奉天の前に、正しい奉納の仕方を説明してくださった。

「多くの方は、お参りの仕方を二礼二拍手一礼と申しますが、正しくは二拝二拍手一拝です。『拝』はおがむことです。角度は90度。尻を突き出し、腰から折るのです。背中はまっすぐに伸ばします。美智子妃殿下のお辞儀は、実にお美しいですね」。

松井さんをはじめ社員さんたちはその場で練習をした。膝の裏側がピリピリとするし、腰が痛む。いかに、これまで楽な拝み方をしてきたか思い知らされた。

玉串奉天は、いつもより緊張感が高まった。はじめはお施主様である。Iさんは、だいぶ緊張されているご様子だった。みんなも同様に、習いたてのお辞儀を披露した。


お神酒で直会(なおらい)の後、神主さんがこんな話をされた。

「ここは昔、鎌倉郡戸塚村といったのですよ。」

「鎌倉だったのですか」とIさんが応じると、源頼朝公の話に始まり、白旗神社の謂れをひとしきり語られ、神社に隣接する東福寺には頼朝公の御遺髪が3本納められているという秘話も聞かせてくださった。

歴史好きというIさんの奥さんが

「それを実際にご覧になられたのですか?」と尋ねた。

神主さんは、ニコッと笑われて、

「二重の桐箱に納められていましてね。見たのは箱だけです」と答えられると、まじめな表情で続けられた。

「神社から東福寺への途中に竹林があるのですが、雨上りの夕方、そこにたたずみますとね、900年前の鎌倉人のささやきが聞こえるんですよ。時には馬のひづめの音も聞こえます。ぜひ、お参りしていただいて、このあたりの歴史の一端を体感されてください」。


現場を離れると、案の定松井さんは言われた。

「白旗神社へ行こう!」と。

車で15分ほど走り、東海道沿い鳥居をくぐって石段を60段ほど登ると無人の神社があった。

工事中の無事安全を祈願した後で、鎌倉人のささやきが聞こえるという竹林を探した。辺りは造成され住宅が立ち並んでいて、車の行き交う音がきこえるばかりであったが、昔は鬱蒼とした竹林だったと思われる場所を見つけた。

「『鎌倉人のささやき』って、なんとロマンのある言葉だろう。想像してしまうなー。当時の人が、『涼温換気の家』に住んだとしたらと」。

松井さんは、はるかI邸の方角に目をやりながら、楽しそうに言われた。

                      久保田紀子

  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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