涼温な家 住み心地体感ハウス

松井修三の
思ったこと、感じたこと

こだわり

投稿日:2013年10月6日

(招運開運招き猫です。

「第5回 那須あーとクラフトフェア」に新潟県三条市から参加した「木工工房 坪源」さんの作品です)


突然、松井さんが「那須の藤城清治美術館に行く」と言いだした。

NHK日曜美術館の再放送「影絵作家・藤城清治89歳の”風の又三郎”」を観たのがきっかけだったとのこと。

先日、ブログで紹介された「光は歌い 影は躍る」を読み終わるや否やの行動だった。

そんな時は、私が電車や宿の手配をする。なんにでもこだわりの強い松井さんを納得、満足させるのは大変なのだ。

奥さんのなつ子さんとともに、那須塩原駅に到着したときには曇り空だった。レンタカーで走ること40分ほどで「藤城清治美術館」に着いた。

和風の門にクロスするようにコンクリートの壁が立ち上がっていて、その上を見上げると小人と猫たちが楽しげに迎えてくれていた。胸の高鳴りを覚えつつ門をくぐり抜けると、ブナやナラの葉が小雨に濡れてキラキラと風に揺れていて、まるで、藤城さんの影絵に描かれる葉がそのままそこにあるかのように見えた。

小道の別れには、案内役の猫のオブジェが「こっちだよ。さぁどうぞ」とでも言うように配置されている。それを見ただけでもわくわくとした気分がつのる。

最初に入ったのは、「光のチャペル」だ。建物も、中のステンドグラスもすべて藤城さんのデザインである。

通路の壁には、月と人魚、太陽とペガサスのステンドグラス。祭壇はノアの箱舟を思わせるような動物が勢ぞろいしていて楽しい。

陽光が注げば美しさはさらに増したことだろう。その祭壇で、松井さんはなつ子さんとともに祈りを捧げていた。


おしゃれなガラス張りの喫茶店が目に入り、さらに奥へ進むと美術館の入り口があった。自動ドアにかわいい猫の絵が描かれている。あまりにかわいいのでお客さんはみな歓声をあげ、ドアをバックにして写真撮影をしていた。

中に入ると、まず最初に、藤城さんが20代から30代の頃に制作した白黒の影絵が展示されていた。奥に進むとカラー作品にとって変わる。モノトーンの世界が一瞬にして色鮮やかなカラーの世界へと転換する。演出が心憎いばかりである。

数々の作品の精緻極まる描写の美しさに、時間を忘れてしまう。小人や、動物たち、乙女や子供たちが画面いっぱいに表現されている。数々の楽器たちも音を奏でているかのようだった。まさに光と影の芸術である。


圧巻は「魔法の森は燃えている 再生の炎」だ。

かたわらに藤城さんの手書きで記されていた。


「小さい頃、ぼくのあこがれは魔法使いのおばあさん

魔法の森はぼくの夢の中のふしぎなふしぎな森だった

ぼくがはじめて乗った乗り物はメリーゴーランドの木馬だった

木馬に乗って魔法にかかったようにクルクルまわった気がした

今年89才、もう80年以上前の遠い昔の夢だけれど ぼくの心の中でずっと

持ちつづけているメルヘンの原点

4月の最初のオープンに間に合わず6月のグランドオープンにやっと出来上がった

いまのぼくの気力、体力、技術のすべてをつぎこんだ最大6mの最新作」


著書「光は歌い 影は躍る」の「影絵の制作は祈りをこめて」の項で、このように書かれているが、実際に目の当たりにすると藤城さんの胸中が痛いほどよく分かった。


「僕が影絵を制作しているとき、半分は無意識のうちに、おのずと願いや祈りや深い思いなどが折り重なってきます。そういうなかで、自分の思いを片刃のカミソリと一体化させて手にこめて、葉の一枚一枚を切って、切って、切っていきます。切っていく線の一本一本のなかに僕の息づかいがあります。魂がこめられているのです。

切りぬかれていく線には血が通い、生命が流れていきます。僕が生きて呼吸している瞬間瞬間に、僕の鼓動のリズムに合わせるように、いろいろな形の葉が次々と切り抜かれていきます。そして、その一枚一枚に僕の思いと僕の人生がぎっしりと詰まっているのです。」とある。


89歳にしてつくられた大作の前で、松井さんは頬を紅潮させて、「明日いちばんでもう一度見に来る」と言われた。

三人は感動に酔いしれたまま宿屋へ移動した。その名は「那須別邸 回」である。


部屋の玄関を入ると、和室と洋室が左右に分かれ、上り框でスリッパを脱がされた。「なんで、板張りなのにスリッパを脱ぐのだろうか?」

その疑問は、真ん中に広めの板張りの床に畳一枚分はある堀炬燵に座って間もなく解消された。

松井さんが、若い仲居さんに、「旅館の名前を”回”とつけた謂れを尋ねた。「いいご縁が回りまわって、さらにいいご縁となって帰ってきますようにとの願いからです」、仲居さんは心を込めた説明をした。

奥さんが、「あらっ、私たちが住んでいる町の名前と同じなのですね。まあ、久保田さんはご縁がある旅館を選んでくださったこと」と感心された。

松井さんは、「この床板は、”ちょうな削り”ですね。最近は、手作業の味を出す機械があるそうだけれど、この床は純粋に手作業ですね。硬い樫の木がまるで杉のようにソフトで、足触りがとてもいいですね」そう言いながら腹ばいになり、床板を愛おしそうに触った。

「ああ、それでなのか。スリッパを脱がされたのは」、私は納得して、床板を観察した。


「見てごらん。一手、一手削り方が違うだろう。これは大変な手間暇がいる。削った職人さんもすごいが、このような床板を張ろうと考えた経営者もすごい」。

仲居さんの瞳が一段と輝いた。

「オーナーから聞きましたが、地元の年配の大工さんが削られたそうです」

「今日観てきた藤城先生の作品に接してつくづく感じたのだけれど、手を掛け手を尽くしたものには独特の温かみがあるのです。

この宿は、部屋の番号の表示版といい、襖の取っ手といい、壁材といい、照明といい、目が行くところにこだわりがある。それらがすばらしいハーモニーを発揮していて癒されますね」

松井さんは、嬉しそうに話した。

「みんな、床板を触ってごらん。この一手、一手に大工さんの心を感じるね。私は、本のトップに『こだわりを大切にする人がいる。それに応えることを喜びとする人がいる』と書いたけど、こだわりというものは、こうして観て、触れて、味わう側にも大きな喜びと感動をもたらしてくれる。今日は喜びをたくさん味あわせていただいた。感謝でいっぱいです。


ところで、久保田さんの本が発売されてから10年になったのですね。これまたすごいことです。今夜は、そのお祝いを兼ねて乾杯しましょう」。


私は、「住み心地」という最高の付加価値にこだわった。その結果、満足できる終の棲家を手に入れることができた。読者と共に、いまもたくさんの家づくりに携わらせていただいている。何よりもうれしいことは、松井夫妻と出合えたことである。「回」そのもののようだ。

                      久保田紀子


  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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