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松井修三の
思ったこと、感じたこと

「人生を変えてくれたペンギン」

投稿日:2017年3月18日

「人生を変えてくれたペンギン」トム・ミッチェル作/矢沢聖子訳(ハバーコリンズ・ジャパン)を読んだ。

著者とマゼランペンギンとの出会いはこうだ。

「私は足早に歩き続けた。死んだペンギンを直視するのが怖かった。そのとき、目の隅に何か動くものが見えた。泡立つ白波ではなく、静まり返った砂丘で。足を止めて目を凝らした。気のせいではなかった。勇猛な一羽のペンギンが生きていた。死んだ仲間の間でたった一羽もがいている。

なんということだろう!重油とタールにまみれて息絶えた群れの中で、どうやってたった一羽生き残れたのだろう?

仲間と同じように腹這いになり、全身タールに覆われているが、このペンギンは羽を動かし、頭をあげていた。

かすかな動きだが、頭と羽が痙攣したようにぴくぴくしている。断末魔のあがきだろう。

私はしばし見つめていた。このまま立ち去って、重油とタールにじわじわ耐力を奪われ窒息死する鳥を見捨てられるだろうか?そんなことはできないと思った。せめて苦しみを少しでも短くしてやりたい。そうおもって近づいていった。」


こんな出会いをしたら、だれもが助けてやりたくなると思う。しかし、重油とタールまみれのペンギンをどうやって、どこへ運び、どんな処置をしてやったらよいのかを考えると二の足を踏んでしまうに違いない。

でも、著者は果敢に行動する。

その結果、ペンギンから仲間として信頼されるようになる。

思い出深い濃密な日々が数年過ぎて、著者は、友人に預けて数週間の旅行に出る。帰ってきたら、ファン・サルバドールと名付けられたペンギンは死んでしまっていた。


40年の後に、再び訪れたアルゼンチンの海洋生物センターで、ペンギンは一羽では生きられない、仲間から離れることは決してないという習性を知ることになる。

当時、彼は信頼している仲間に見捨てられたと思って生きる力を失ってしまったのだ。

ペンギンと過ごした日々がいかに貴重なものであったのか、純粋に信頼し合える友情のすばらしさに感動させられた。


森友学園騒動や小池劇場に充満している疑心暗鬼にうんざりさせられている今日この頃、久しぶりに心が洗われる思いがした。


  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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