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松井修三の
思ったこと、感じたこと

「いいか、祐三」

投稿日:2017年11月20日

昨日の勉強会は盛況だった。

約2時間半の間、子供たちはおとなしく遊んでいた。始めに、社長が「だから」の一部を朗読した。


<入社した翌年、1991年の秋にマツミハウジングは「外断熱の家」一棟目を受注した。お客様は、東京の東久留米の三井さんといった。

契約の席で、ご夫妻ともども言われた言葉は忘れ難い。

「私たちにとって『外断熱』というものがなぜ必要で、どのような住み心地をもたらしてくれるものか、いくら説明されても正直よく分からないのです。でも、私たちは社長さんのお人柄を信頼し、お任せすることにしました」

それを聞いた父の目は、うるんでいた。


その夜、父は言った。

「いいか、祐三、どんなに努力をしても100点満点の家は造れないものだ。よくて80点。家造りで大切なことは、80点を100点にしようとするよりも、不足の20点をどうやって補い続けるかだ。それがアフターメンテナンスなのだ。

いずれ代が変わっても、この覚悟は守り通さなければならない。20点を補うことは、地味で、根気の要ることだが、マツミで建てて本当に良かったと、お客様に感謝してもらうにはそうすることが何よりも大切なのだ」

この20点を補うということが、単なる物理的なアフターメンテナンスだけでなく、「住み心地を保証」することに進展していくこととなった。>


わずか26年前のことだ。「外断熱」と取り組んだのは。以後、断熱の方法で迷ったことは一度もない。建てれば建てるほど、社員・大工・職人が「これはいい、断熱はこうあるべきだ」と確信を強めるばかりだった。

2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」は、「外断熱」しかやらない工務店主として私を取り上げてくれた。

それをきっかけとして、「外断熱」への批判、私への誹謗中傷が巻き起こった。しかし、「『いい家』が欲しい。」を読んだ人たちからの期待と信頼は今も変わらず続いている。


子供たちの姿を眺めつつ、住む人の幸せを心から願い、正直な家づくりに取り組むことの大切さをかみしめた。




  • 松井 修三プロフィール
  • 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
  • 1961年中央大学法律学科卒。
  • 1972年マツミハウジング株式会社創業。
  • 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
  • 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
  • 現在マツミハウジング(株)相談役
    「いい家」をつくる会代表
  • 著書新「いい家」が欲しい。
    (創英社/三省堂書店)
    「涼温な家」
    (創英社/三省堂書店)

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