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2006年10月31日(火)

「いい家」ドッとコム

明日、11月1日からii-ie.comがリニューアルされる。
「いい家」を手に入れるには、構造・断熱の方法・依頼先の三つの選択が大事だ。中でも依頼先、その選択を誤ったらすべては台無しとなってしまう。
リニューアルの最大の目的は、それを知ってもらうことにある。
 
これからの家造りは、持続可能な「循環型社会」の実現を目指すことが大切だ。
そこでハウスメーカー各社は、「サスティナブル」や「環境共生」を標榜し、それこそが至上の命題であるかのように主張し合っている。
だが、考えていただきたいのだ。
まずもって大切にすべきは個々の家造りのはずだ。
上質な住み心地が確保された家でなければ、長寿命を維持されるわけがない。それは、三つの選択を誤らずに一棟一棟手造りすることでしか実現できない。
だから、構造も断熱の方法も問わずに大量生産販売をしながら「サスティナブル」や「環境共生」を唱えるのはまやかしなのだ。
「いい家・ドット・コム」は、まやかしを何よりも嫌い、住む人の幸せを心から願う工務店主たちによって支えられている。

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2006年10月30日(月)

ぐっすりお昼寝

IMG_7933.jpg
T邸は、ハウスクエア横浜(住宅展示場とショールーム)から徒歩数分のところにあって、一帯が新築ラッシュになっている。
すぐ近くで、ほぼ同時に建て始めた家は一階周りしかできていなかった。
ご両親は驚いた様子で声を発した。
「えっ!屋根もできている」
たしかに、マツミの鳶職人と大工、現場監督たちの仕事ぶりは見事だ。
特に、鳶職人たちの動きがすばらしい。
Tさんは、こんな挨拶をされた。
「先日、体感ハウスで打ち合わせをしたのですが、こまごましたことはすべて妻に任せていますので、私は子供と小屋裏で遊んでいました。
空気が気持ちいいなー、と思っているうちにいつの間にか子供とぐっすり眠ってしまったのです。
あんなに心地のよい家に住めるようになると思うとうれしくてなりません。
みなさん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」と。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2006年10月29日(日)

書斎の整理

今夜は、書斎の整理。
なぜ、こうも乱雑になってしまうのだろう。
この前片付けたのは9月25日のことだから、わずか1ヶ月ちょっとしか経っていない。
あの日も誓ったっけ。
「その日、持ち帰ったものはその日のうちに整理する」と。
しかし、誓いはむなしい。
帰ってくるたびに、書類や本や雑誌が増え続けるのだ。
二つの机と、丸テーブルの上は満杯で、床にまで積み上げている。
シュレッダーは、食べさせ過ぎて動かない。
整理能力が欠落しているのか、捨てる能力が不足し過ぎているのか。
夜の8時から始めてまもなく11時になるが、ようやっと85点程度の満足に近づいた。
入り口で“ななちゃん”が、「いつまでそんなことをしているの?早く遊んでおくれよ」と待ち続けている。
目が合うたびにあせってしまう。
もう止めることにした。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2006年10月28日(土)

「世界一美しい広場」

FH010012.jpg
(右から女房、三男、現地で暮らすSさんと息子さん)
今夜、NHKテレビ「探検ロマン・世界遺産」で、ベルギーの「グランプラス」が取り上げられていた。
そこは「世界一美しい広場」と言われている。
昨年の8月に昼と夜に訪れたのだが、思い出としては、広場の裏側に軒を連ねているムール貝を食べさせる店も印象に残っている。
両手で抱えるほどの大きな器に、山盛りのムール貝が運ばれてきた。
「ウヘーッ!これはギブアップだ」
しかし食べてみたら、おいしい、おいしい。一つも残さず食べてしまった。
グランパラスへ行ったら、必ず食べてくるようにと教えてくれたNさん夫妻について1月14日に紹介した。
 
Nさんは仕事柄海外生活が長い。昨年6月にプランの打ち合わせをしていたときに、夏休みを利用してベルギーへ行くことを話した。
するとNさんの目が一段と輝き、ブリュッセル(首都)にはつい最近まで赴任していたという話になった。
それからは家造りの話はそっちのけで、ブリュッセルについての講義となった。
アール・ヌーボーの旗手であったオルタの自邸はもちろんであるが、町の見方、家の見方、食べ物、そして人脈の利用の仕方まで懇切丁寧に教示してくださった。
奥様も暮らしに関するこまやかな解説をさしはさんでくださり、お話を聞いているだけで実際に旅する以上のブリュッセル通になったような気がした。
おかげで、私たち夫婦は単なる観光旅行ではなく、現地で暮す人たちと交流しながらブリュッセルを中心にしてアントワープ、ブリュージュなどを味わい深く見て回ることができた。

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2006年10月27日(金)

さつま小鶴

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N邸の上棟が無事終わった。
棟梁は、30年を越える付き合いをしている高橋浩二さんだ。
現在、二人の弟子を育てている。
彼が若かりし頃のことだった。あるお客様が話してくれた。
「現場を見に行ったら、すごい剣幕で叱られましたよ。
いや、いや、私が悪かったのです。土足で上がってしまったのですから。
あの大工さんは、気に入りました。自分の仕事をすごく大切にしている。私の家を心を込めて造ってくれていることがよく分かりました」
高橋さんは、気が短くて、頑固で、いったんへそが曲がると梃子でも動かない。
だが、私の言うことだけは受け容れてくれる。
「仕事に対する美学が共通していたからだ」と、人伝に聞いたことがあった。
 
地鎮祭の日に、Nさんは鹿児島にいるお父さんからの贈り物ということで焼酎を下さった。
いま、その「さつま小鶴」(小正醸造、明治16年創業)をオンザロックで飲みながらキーボードを叩いている。
「いい家」を造ることの喜びをかみしめながら。
お客様に感謝。

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2006年10月26日(木)

メグちゃんの家の上棟

DSC_0233.jpg
8月4日、「思ったこと、感じたこと」に久保田紀子さんが「メグのひまわり」を書いた。
そのメグちゃんの家の上棟が無事終わった。
写真は東側から撮影したもので、右側に見えるのが新幹線・新横浜のプラットホームである。
そこに立って列車を待つたびに、あの丘の辺りにいつか「マツミの家」を建てたいと思っていた。
その思いを実現させてくださったのがKさんご夫妻だ。
7月8日、「ペトロフのピアノ」で奥さんからのメールを紹介したのだが、グランドピアノが二階の吹き抜けのあるホールに置かれる。
プラハへ旅した折、その姿と音色を確かめにドボルザーク記念館へ行ってきた。
来年、桜が咲く頃にK邸では奥さんのリサイタルが開かれる予定だ。
この家で、ペトロフの音色を一日も早く聴いてみたい。

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2006年10月25日(水)

棟梁との握手

IMG_7669.jpg
兄弟が先を争って走ってきた。
「うわーっ、僕たちの家だ!」
「感動するなー!」
「見事だね」
「うれしいなー」
二人は、全身で喜びを表していた。
中に案内された二人は言った。
「外から見るのもすごいけど、中もすごいなー」
西村棟梁が、二人に握手を求めた。
小学6年と4年生である兄弟は、大工さんの手をどのように感じただろうか?
きっと、この家が存続する限りその感触を忘れないだろう。

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2006年10月24日(火)

アダチ版画研究所

DSCF1281.jpg
17日に、葛飾北斎「富嶽三十六景」の一つである「神奈川沖浪裏」のことを書いた。
するとたしか3日ほど後に、NHKテレビがアダチ版画研究所http://www.adachi-hanga.com/の活動を紹介した。さっそく今日行ってきた。
そして、「アダチ版」の「神奈川沖浪裏」を手に入れることができた。
いただいたビデオを見て、木版のすごさに感動し、すっかり魅せられた。

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2006年10月23日(月)

美しい家造り

Sさんのことについては、2月7日と7月13日に取り上げた。
 
「私は、松井さんの本をブックオフで買い求めたのですよ」
今日契約したSさんの奥さんが申し訳なさそうに言われた。
「私が夢中で読んでいると、3人の娘たちが代わる代わる言いました。
“お母さん、いい家を欲しがったって、うちではとても無理よ”と。
でも、築35年以上のわが家は、暑くて、寒くて、湿気とカビがひどいのです。特に北側の和室はカビ臭くて、その部屋で寝ている末の娘はいつも調子が悪いのです。大地震に見舞われたら簡単に潰れてしまいそうですし、なんとしても建替えたかったのです。
70才になった主人と何回も話し合って、マツミの家に住むことを決心しました」
傍らで無口なご主人が大きくうなずかれた。
とつとつと語る奥さんの話には、目が潤んでしまうほどに感慨が込められていた。
 
そのS邸は19日に上棟した。
ライトアップされた姿を見て奥さんが言われた。
「本当に美しいですね。マツミさんのお仕事を美しいと思ったのは2度目です。
地鎮祭も美しかったです」
私は地鎮祭を美しいと言われたのは初めてのことだった。
帰りの車の中で、久保田さんが言った。
「実は、私も地鎮祭も上棟も美しいと思いましたよ。住む人の幸せを心から願う家造りは、誰の目にも美しく見えるのでしょうね」と。
これからも「美しい家造り」に磨きをかけよう。

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2006年10月21日(土)

「木造外断熱の家」

「外断熱」をグーグルで検索すると96万件ヒットする。
「外断熱の家」を建てたくて、検索すると16万件。
その中から、自分が建てたいものを選ぶことはできるのだろうか?
検索順のトップテンから選んだらどうか。
検索に明るい人に話を聞くと、順位を上げる手助けをしてくれる商売があるそうだ。また、コツもあるという。
となると、その選択法は当てになりそうもない。
あるお客様が、松井さんの本を読まないでネットから入る人が「いい家」にたどり着ける確率は極めて低いという。
【「いい家」が欲しい。】よりも、「外断熱が危ない!」の方が上位にあるのですから、と嘆かれていた。
今朝の日経一面「ネットと文明」は、こう締めくくっている。
「ネットは人類を進化させるのか。カギは『検索脳』の情報力を生かす『気づき脳』の発達にあると、研究者は気づき始めたようだ」と。
私の本は、本を読んで最初に建てられたお客様の手紙で終わっている。
 
「星の王子様」の「本当に大切なことは目に見えないんだよ」という言葉は、この家にこそ当てはまるものであるということを日々の生活の中で発見し続けています。住む人の幸せを心から願いつつ、つくって下さったということが床下や室内の空気や温度・湿度を見たり体感するたびによくわかるのです。
 
「本当にいいものは見えづらい」、それが真実だとしたら、「いい家」を検索で探し当てようとする努力はあまりにも大変なことだ。
それよりも信頼できる「依頼先」を探す方がはるかに簡単だ。
「いい家」をつくる会は、「木造外断熱の家」を求める人の要望に的確に、正直に応える工務店の集まりである。

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2006年10月20日(金)

大笑い!

私は、たまに大恥をかくことをしてしまうことがある。
今日は、とあるレストランで昼食をとったのだが、そこで信じられないようなことを夫婦でやってしまった。
ボックス席に久保田さんがいて、私と女房はドリンクバーへ行った。そこにはミニケーキが10種類ほど並んでいて、その中から3個選べる。二人で選んで席に戻ったのだが、なんと久保田さんと背中合わせの席に座ってしまった。
「久保田さんはトイレへ行ったようだね。では、それぞれのケーキを3等分してみんなが3種類のケーキを食べるようにしよう」
私の提案で、女房がナイフを入れた。
「そうだ、フォークを取ってくるのを忘れた」
「いいじゃない、ここにあるのを使えば」
「そうだね。そうしよう」
といって、私が取り上げたフォークは、食べ終わった鉄板の上に置いてあったものである。
「あれっ?こんな料理を食べたっけ?」
「ええっ?」
「ひやーっ!せ、席を間違えている!」
それから、3人で笑った、笑った。
「見て、見て、あの夫婦を。残飯を漁っているわよ」
「いや、夫婦で呆けているのよ」
気づいた客は、そう思ったことだろう、などと想像するとさらに笑いが止まらなくなった。

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2006年10月18日(水)

劇団四季の「コーラスライン」

劇団四季の「コーラスライン」を見た。
オーディションを舞台としたダンサーたちの人生の物語である。
「仕事が欲しい!」
オーディションに挑戦するダンサーたちの必死なまでの努力を見ていると、住宅業界で仕事を求める人たちの心がけ、意欲がいかに甘えた、半端なものなのかを思い知らされる。
選考に落ちたダンサーたちが去っていくラストシーンは、ショックを受けるほどに冷酷だった。
プログラムに、原案を作ったマイケル・ベネット氏の話が紹介されている。
「ザックという演出家が、冷たくてきつい人間だとお思いでしたら、あえていっておきたいのですが、オーディションのときには演出家はビジネスライクであることが一番大切なことです。そうでないと、ダンサーたちに持たせるべきでない希望を持たせることになるからです。オーディションに落ちた人が、威厳と誇りを持って出ていけるようにしてやらねばならないのです」
ブロードウェイで初演されたのが1975年というのだから今から31年前になる。その4年後の1979年に、劇団四季が日本での初演に成功する。
それから27年を経た今夜、私は感動して手が痛くなるほどに拍手を送った。

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2006年10月17日(火)

「海」を聴きながら

いま、ドビュッシーの交響詩「海」を聴いている。
ドビュッシーはこの曲を作曲しているときに、葛飾北斎の富岳三十六景「神奈川沖浪裏」の複製を眺めていたという。
中学生の頃にその版画を何かの雑誌で見つけた。
それから毎晩のように、寝床の中で想像した。
ものすごい荒波の中を進んでいく船に自分が乗り合わせている情景を。
覆いかぶさってくる巨大な浪の連続。それは、それは恐ろしかった。
しかし、その合間に、一瞬遠くに見えた富士山はなぜか微笑んで見えた。
そうだ。さっそく大きめな複製画を手に入れよう。
そして、もう一度想像に浸ってみよう。
あの頃、確かに浪の音とにおいも想像してたっけ。

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2006年10月16日(月)

「いい家」をつくる会セミナー

「いい家」をつくる会のセミナーが開かれた。
今回の講演は、本間千枝子さんにお願いした。
本間さんとのご縁を結んでくれたのは、NHKの「ラジオ深夜便」だった。
ある日の朝、4時からの番組で本間さんが「食」について語られていた。
本当の偶然に聞いたのだが、淡々として味わい深い語り口に魅せられた。
この人をセミナーに招きたい。
その思いが、今日実現した。
「食・ねぐら・愛」というテーマで語られた一言一言は、私の心に染み渡った。
家造りに関心を持つ人に、ぜひ聞いてもらいたいことばかりだった。
あの日の朝、私を目覚めさせてくれた神様に感謝したい気持ちでいっぱいだ。

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2006年10月15日(日)

5本の樹

横浜体感ハウスの裏側で、積水ハウスが分譲住宅を売り出した。
私は積水が自画自賛している「5本の樹計画」を楽しみにしていた。
「3本は鳥たちのために、2本は蝶のために、日本の在来樹種を」というものだ。どのような理由で、5本が3対2に振り分けられたのか、なぜ蝉やトンボは選んでもらえなかったのか、気になっていた。
「そんな理屈を言い出しなさんな」という声が聞こえてきそうだが、実際に植えられた木々を見てみると、疑問が深まるばかりとなった。
「環境にいい家は、環境のいい家になる。」、そしてそれらの木々は時とともに緑濃く美しくなり、「経年美化」となると積水ハウスは言う。
しかし、庭木は必ずといってよいほど、住む人の老化とともに扱いが厄介となるものでもある。
積水ハウスは、なぜそんなにも美辞麗句を用いて環境共生を訴えるのだろうか?

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2006年10月14日(土)

犬自慢

DSC01416.jpg
テレビのわが家の犬自慢番組を見るたびに、「うちの犬だって、自慢したいことはたくさんある」と思う。
さっきもこんなことがあった。
女房が二階で“なな”に話しかけた。
「今日買って上げたおもちゃを持ってらっしゃい」と。
“なな”は階段を小走りで下りてきて、散乱しているおもちゃの中からそれをくわえて戻っていった。
「そうだよねー。それだよねー、買って上げたのは」
女房がうれしくてたまらない声を上げている。
「今ね、ママは忙しいからベッドの上で遊んでいてね」
すると、どうだろう。彼は素直にベッドに上がったのだ。
「おまえはいい子だねー、ママの言うことは何でも分かるのだから」
と女房がさらにうれしそうに語っている。
 
写真の“なな”は、書斎の入り口で遊んでもらえるのをひたすら待っている。
そこからは入ってはいけないことを自覚している。
だが、私の心にほんの少しでもいとおしさの情が湧くと、彼は尻尾を振り始める。
そして、一歩、また一歩、近寄ってくる。
目を合わせたわけではなく、言葉を掛けたのでもない。
“なな”は、主人の心を読むのだ。女房よりもだれよりも正確に。
時には、うっとうしく感じられるほどに。

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2006年10月13日(金)

胸を熱くする思い

I邸の引き渡しと、T邸の上棟が無事終わった。
T邸は採光基準を満たすのに工夫を必要とした。
採光基準とは、居室には一定以上の太陽光を確保しなければならないという法の求めである。しかし都会では、道路に面しない位置に居室を設けないわけにはいかない場合が多い。
「採光が取れません」と説明しても、お客様は日当たりはもちろん、光を犠牲にしてでも部屋を取りたいと希望する。しかし、法は一定の光が入ることを条件付ける。二階は天窓で対応できるが一階は無理だ。
建ぺい率、容積率は問題ないのに、採光のために居室をつくれない。
住む人の幸せを第一義としたい工務店主は、設計士に言つた。
「お客様に役所に出向いていただいて、大切なものは光よりも部屋の広さだということを訴えてもらったらどうか?」
女性設計士は、笑って答えた。
「何とか工夫してみます」と。
完成した家は、どの部屋も明るく、風通しもよかった。わずか80センチぐらいの庭先にも巧みに植栽されていた。
記念写真におさまるIさん夫妻の笑顔は、満足感に溢れて見えた。
 
T邸の上棟について、応援に入ったM監督からの報告である。
「規模が小さかったこともありますが、上棟は予想以上にスムーズに終わりました。
お客様にとって家を建てるということは一大決心で行う大仕事ですから、その家が建ちあがったとき感無量なのでしょう。涙腺が緩んでしまうお施主様を見ていると、疲れが吹き飛んでしまいました」。
Tさんは挨拶の途中、感激の涙を流された。
奥さんが、上棟式が始まる前に話してくれた。
「ターミメッシュのときに現場に来たのですが、監督さんが基礎の中に入るとき、汚さないようにと靴を履き替えているのを見て感動しました」と。
私はその話をみんなに紹介したのだか、涙が出そうになって困った。
「いいお客様とは、気持ちよく仕事をさせてくれる人のことだ」
その思いが、胸を熱くしてならなかった。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2006年10月12日(木)

シロアリに勝つ!

見習い中の現場監督Aからの報告である。
Y邸でクロス屋さんがこんなことを話してくれました。
「ただクロスを貼るんだったら誰だってできる。本当の職人というのは、状況に応じて判断し、その状況に適したやり方で作業ができなければいけない。下地の具合によってはパテ処理を工夫し、糊の加減、材料の質、厚さ、柄などはもちろんだが、気温、湿度にも気を配らなければダメだ。いい家をつくるには、すべての職人さんが最高の仕事をして、次の職人さんにバトンを渡さなければならない。サッカーでは、最高のゴールは最高のアシストがあるから決められるようにね」。
僕は確かにそうだと思いました。一人一人の職人さんのいい仕事の積み重ねがあるから、いい家が出来上がるのだ。今日もマツミの職人さんの意識の高さに驚くと共に仕事の基本を学ばせていただきました。
 
現場監督Iからの報告である。
今日ターミメッシュを行ったK邸は、基礎の全周が61メートルという大きな家でした。
天気にも恵まれたのですが、5人の監督の息がピッタリ合って5時近くにはすべて完了することができました。
どんなに住み心地のいい家であっても、シロアリに食われたのでは残念すぎます。
いつものことですがターミメッシュの仕事が終わると、どの監督たちの顔にもこれでこの家をシロアリから守れるという誇りのようなものが浮かびます。
 
ターミメッシュという仕事は、地味で厳しい。
ほんのちょっとした横着や手抜きがあると、シロアリの浸入を許すことになりすべては台無しとなる。
だから資格が厳格なのだが、何よりも「シロアリからこの家を守るのだ!」という意識と意思を必要とする。
それが乏しい人は、遅かれ早かれ辞めていく。
「ターミメッシュは外注すべきであって、監督の仕事ではない」と意見を残す人もいた。
たしかに、冬の寒風が吹く日、夏の猛暑の日などに、基礎の周囲にうずくまって終日黙々と働く姿を見ていると、もっともだと思うことがある。
でも、仕事を終えて戻ってくる監督たちの表情は決して暗くない。
彼らの背中は、「シロアリに勝つ!」という頼もしさに溢れて見える。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2006年10月10日(火)

主人不在の店

7日に本間千枝子著「アメリカの食卓」の一部を紹介した。
「主人不在の肉屋」の話である。
いつの頃からだろうか、主人不在が当たり前の店で買い物をするようになったのは。信頼できる主人がいる店には、価格相応のいい品物があって、万一期待を裏切られたらその失望を聞いてもらえるし、真剣にクレームが言える。それこそがユーザーにとって一番の安心感だ。
本間さんの話の続きがおもしろい。
「この間の肉はすばらしかった、と客に声を掛けられた時は堂々と胸を張り、昨日のはいったいどうしたのよ、と苦情を言われた時には、『そんな筈はないのだが』と思いながらも、目を伏せて弁明する」
そういう主人のいる肉屋さんでないと、本間さんは料理をする気になれないという。
この話を読んでいて、私には肉屋の主人の心情がよく分かるのだった。
マツミでは、どんな小さなクレームでも社長に報告するように求めている。時には、食事も取りたくなくなってしまうようなクレームをいただくことがある。
ブログを書く心境を失い、すっかり落ち込んでしまう日もある。
しかし、どんな場合でも工務店主である限り、解決できない問題はないということに気づくのだ。
すると勇気が湧いてくる。クレームを申しつけられたお客様の心が痛いほどよく分かり、申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいになる。
工務店主がもっとも大切にすべき役割は、クレームに精一杯の誠意を尽くして対応することに尽きると思う。

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2006年10月08日(日)

最も厳しい批判者は?

ii−ie.comに今日立ち上げたコラムのタイトルを見て驚く人が多いと思う。
「ソーラーサーキットは欠陥工法だ!?」なのだから。
しかし、そのような批判は本が発売される前からあった。
私がソーラーサーキットの家造りに取り組むようになってからもうんざりするほど聞かされてきた。
そして本を発売してからは、室蘭工業大学の鎌田紀彦教授を筆頭に、東京大学大学院の坂本雄三教授などからも批判されている。
それにもかかわらず、先生と呼ばれる職業に携わる人たち、たとえば大学の教授、医師、弁護士、公認会計士などが多数ソーラーサーキットの家を建てられている。
私が少々自慢できるのは、大手の建築会社に勤める人たちから年間2〜3件の注文をいただいていることだ。
コラムには、もっと明るく楽しいことを書いて欲しいという要望や、カネカを批判することはソーラーサーキットにとってマイナスだという意見もあるが、住む人の幸せを願う家造りをモットーにする限り、是々非々の立場を貫くのは当然のことだ。
カネカからすれば、ソーラーサーキットに対する最も厳しい批判者は、たぶん私なのかもしれない。

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2006年10月07日(土)

本間千枝子「食・ねぐら・愛」

本間千枝子.jpg
「当時すでに70歳をとうに越していた一徹の経営者、ミセス・ハリスは、午前中人気をはらって一室に籠もり、鍵をかけてから界隈で名高い特製のハウス・ドレッシングを作った。白髪の老女が調合する誇り高き味は、彼女の死後も後継者にその店の味として伝えられた。そして20年後この人の死後訪れた東洋の男のセンチメンタル・ジャーニーを胸の内でも味覚の上でも裏切ることがなかった。」
これは、本間千枝子さんの著書「アメリカの食卓」(文藝春秋)の一節である。
東洋の男とは本間さんの夫であり、かってミセス・ハリスのレストランでボーイをしていたことがあるのだそうだ。
この本は、いつか読んでみたい一冊だった。しかしなかなか手に入らない。その旨お伝えしたところ送ってくださった。
いい本に巡り会えて、枕元に置いてある夜は何とも言えない幸せな気持ちになる。
 
本間さんの本を読んでいると家造りに通じるものを随所に強く感じる。
「スーパーマーケットが充実するにつれて、主人不在の肉屋さんが増えているのは淋しいことだと思う。始終人のかわるミート・デパートメントやパケージにつめられた肉ばかり並んでいるマーケットで買った肉からは、人の心をなごませるご馳走は作れないように思う」
そして「主人のいる店」を運よく見つけられた喜びを書いている。
また、こんなことも。
「おいしいものはただいたずらに有名なブランドや高価な材料の中にあるのではなく、人びとにおいしい物を食べて欲しいと望んでいる人の熱意と結びついた時、ありふれたものが美味に変わる」と。
 
「いい家」をつくる会では16日に開くセミナーの講師に本間さんをお招きしている。
テーマは「食・ねぐら・愛」である。

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2006年10月06日(金)

「プラスキップ」という提案

IMG_7511.jpg
ミサワホームの「蔵」を真似たのが住友林業の「新しい空間提案・プラスキップ」だ。
収納不足を解決するには、もってこいの提案に見える。
写真は、横浜事務所の二階に設けたロフトである。
それらの天井の高さは1メートル40センチ。
法の定めはそれ以上の高さを許してはくれない。
管理をしている久保田さんは言う。
「ロールスクリーンを開け閉めするために、窓までわずか8歩程度なのですが、頭をぶつけないようにかがんで歩くことはつらいですよ。ましてや荷物を持ったとしたら、ぎっくり腰になる確率は高いでしょうね」
「プラス空間のある家を建てよう。」
その提案には、くれぐれも慎重に。

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2006年10月04日(水)

これがマツミの家だ!

I邸の引き渡しが終わった。
Iさんは30代半ば。仕事が忙しいので、家造りは奥さんに任せきってきたという。
奥さんは自分のセンスをはっきりと主張できる人だった。そのような場合には、設計士はサポートに徹した方がうまくいくことが多い。
奥さんは、外装も内装も白とグレイ、黒、濃い茶色でコーディネートした。
それらの色使いは、わが国固有のものではあるが専門家でもなかなかうまくいかないものだ。何よりも経験を必要とする。
しかし、家造りが初めてである奥さんが、ものの見事にやってのけた。
抜群のセンスを発揮されたのだ。
カーテン、家具、照明のセンスも実にすばらしい。
子供服のデザイナーとして活躍されているそうだ。
栗林邸.jpg
栗林邸-2.jpg
K邸の上棟が無事終わった。
Kさんの挨拶である。
「3年ほど前に家の建て替えを決断しました。
住宅展示場巡りをして、ある会社と契約寸前までいったとき、神様のお告げのように、娘の亭主の実家からもうしばらく待った方がいいという反対意見が出ました。
かろうじて思い止まったのですが、するとまもなく松井さんの本に巡り会いました。早速勉強会に参加し、それから横浜体感ハウスを見学に行きました。
そこで久保田さんに出会い、本をいただいたのです。
久保田さんは、すでにハウスメーカーと契約してしまっていた。私たちは寸前ということで、大変共感を覚えました。
読み終わって、マツミの家を建てることを決断したのですが、本当にそうしてよかったと思っています。
この家には、母親と娘夫婦の三世代で住むことになっていますが、たぶん四世代となる日が近いように思います。
どうか、“これがマツミの家だ”というものを造ってください」。

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2006年10月03日(火)

久保田紀子さんの本

安島邸.jpg
Y邸の上棟が無事終わった。
Yさんがこんな挨拶をされた。
「今日の上棟にたどり着けたのは、三つの幸運があったからです。
一つは、土地が見つからなかったことです。どういうことかと言いますと、ハウスメーカー3社に土地を見つけてくれたら建築をお願いすることにしていたのですが、なかなか思うようなところが見つかりませんでした。
二つめの幸運は、そんなときに久保田さんの本に巡り会えたことです。そして勉強会に参加して建築はマツミさんにお願いすることを決意しました。
すると、不思議なことに両親の家のすぐ近くにこんな良い土地が見つかったのです。
三つ目は、すばらしい設計士さん、基礎屋さん、そして大工さん、現場監督さんに巡り会えたことです。
私たち一家は、このご縁を大切にしていきたいと思います」と。
Yさん夫妻はある合唱団に入られているそうだ。次回はモーツァルトのレクイエムを歌われるとのこと。
「この家は防音性能も高いとのことですから思う存分に練習ができますね」と、とても嬉しそうだった。
 
午前中には、M邸の地鎮祭があった。
Mさんも久保田さんの本との出会いにとても感謝されている。
家造りを思い立ってから、不安の連続だったという。
「しかし本を読んで、勉強会に参加してからは楽しみになりました」と笑顔で話してくれた。

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2006年10月02日(月)

第六感

朝5時台のNHKの天気予報によれば、東京地方は朝方少し雨が残るがその後は回復し、午後からは晴れるとのことだった。
しかし、夕方から雨となった。
午後6時台の予報では、はずれた理由を秋雨前線の気紛れさにかこつけていた。
雨を晴れと予報したことについて恥じらうこともなく、謝罪の一言すらない。天気に左右される商売をしているものにとっては、腹立たしいことこの上ない日がある。
それに比較して、マツミの専務の予報の的中率はいつもながらすばらしい。
今日の上棟の延期を土曜日の夕方には決定していた。
気象衛星を使い、データを駆使し、科学的な判断に基づいて予報しているのだろうが、素人の感を加味した予報の方がより正確だ。
 
昨夜のディープインパクトのことだが、出走の1時間半前に息子と一杯飲みながら予想をした。
彼は「優勝して欲しいなー」と言い、私は「三着だろうな」と言った。
今朝、食事をしながら彼が尋ねてきた。
「どうして三着になると分かったの?」と。
「感だよ」と答えると女房が、
「今度馬券を買ったら」とけしかけてきた。
感というものは、欲があると働かなくなるものだ。
ところで久保田紀子さんはこんなことを言っていた。
「私は、走る前のお馬さんたちのお尻を見ていて優勝は難しいと感じました」と。
 
家造りでは、理論、理屈よりも感受性の方が役立つし、必要だ。
特に「いい家」を造るには、五感だけではなく、第六感の働きも大切だ。
ということは、自分の都合を優先する欲深な造り手はそれが乏しいということだ。
それでは現場の不具合、危険、そしてお客様の不満や憤りを予知できない。もっとも、それができる人は住む人の幸せを第一義とする家造りをするはずだ。
しかし、予知することは大変難しいことである。
だからこそ、予知し、予防できなかった場合には潔く責任を取る覚悟を決めておかなければならない。

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2006年10月01日(日)

西方里見著「外断熱が危ない!」

西方里見.jpg
コンクリート造の住まいが外断熱にするのは当然である。
木造もまた然りである。理に適う断熱の方法を求めるのであれば必然の答えだ。
ところが、内断熱(充填断熱)の推奨者であり、「外断熱が危ない!」の著者である西方里見氏は、私の主張を批判して止まない。
同氏は、自らを断熱の熟知者であるとし、その理由付けを「北欧を父とし、北海道を母とし、スイスを兄として断熱に取り組んできた」からだとしている。
しかし、それは笑止だ。
なぜなら、家造りはその土地、その家族に適うように行われるべきものであるからだ。断熱の方法は、北海道と津軽海峡以西とでは違ったものにならざるを得ない。ましてや、北欧やスイスとでは。
本物の断熱の熟知者たちは、氏が推奨する充填断熱が現実にもたらしている数々の不具合や欠陥工事をうんざりするほど目の当たりにしている。
そして知っている。
そのように父母兄弟に学んだのを自慢できたのは、20年前までであることを。
さらに笑止なのは、環境共生を考えるのであれば屋根に芝を張ることが最善の断熱方法であると主張していることである。
その考えは大間違いだ。
住む人の幸せを第一義にするならば、そんな愚かな提案が出るわけがない。屋根の上の芝刈りほど危険なことはないのだ。板状の断熱材を用いて屋根も外断熱をする方が、はるかに住む人の負担も危険も少なくなる。
住む人の幸せを二の次にして、スタンドプレイ的に環境共生を論ずるようでは家造りに携わる資格を疑問視せざるを得ない。

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