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2006年12月31日(日)
感謝申し上げます
残すところ30分になりました。
私のつたないブログをお読みくださった皆様に心から感謝申し上げます。
1年の間には、何度か書くのを止めようと思ったことがありました。
「自慢話や、見聞録はおもしろくない。もっと家づくりに関してためになることを書くべきだ」などと言われたりするとすっかり気持ちが萎えてしまい、「いつも楽しみに読んでいますよ」と言われると俄然書く気が盛り上がり、まるでエレベーターで上下しているような心境が続きました。
マツミハウジングの社長、〔「いい家」が欲しい。〕の著者、そして「いい家」をつくる会の代表というそれぞれの立場を意識すると思うようには書けないものです。
そのような立場を忘れて、一人の男として、思ったこと、感じたことをそのまま書いてみたいと思うときがあります。
久保田紀子さんが私のブログに触発されて、「思ったこと、感じたこと」に「ローラ・インガルス・ワイルダーを読んで」を書いてくださったのですが、文中に「そのお年で児童書にまで興味をもたれるとは・・・」とあります。
新年も児童のような澄んだ心で、精一杯「いい家」づくりに励もうと心を新たにしています。

写真は、今年訪れたプラハで撮ったものです。
おしゃれですね。
全体のデザインがすてきなのですが、三つのパターンの窓の形状の違いと、三角形をした小さなバルコニーに建築家の思い入れの深さを感じ、共感を覚えました。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月29日(金)
大工さんとの忘年会
今夜は、毎年恒例の大工さんとの忘年会だった。
私は酒の席が苦手なのだが、大工さんと飲むことは好きだ。
大工さんたちの笑顔を見ると、一年の疲れが吹き飛んでしまう。
「みんな、本当にありがとう!」
さしたる事故もなく、ケガもせずによくやってくれた。
感謝の気持ちをいっぱい込めて、全員にもち代を配った。
今年は3人が弟子入りした。年令は16才、21才、25才。
6年間無遅刻、無欠勤の吉岡大工さんを表彰し、3人の若者たちに負けずにがんばるように話した。
集まった43人の大工さんたち一人一人と話し合ったのだが、みんなマツミの家づくりに誇りをもっていてくれることがよく分かる。
「お客様に満足していただこう」
その熱い思いをひしひしと感じる。
現場監督から声が上がった。
「来年のホノルルマラソンには、監督全員が参加したいのですが」
「胸に“マツミの家”を貼って走ります」
大工さんからも声が上がった。
「私も参加させてくれ」
その声に4〜5人が手を挙げた。
「よし、わかった。賛成する。会社がスポンサーになろう」
会場に歓声が沸き起こった。
西村広行棟梁が言った。
「来年私はホノルルセンチュリーライドに参加します。そのために3年間をかけて準備してきています。私のスポンサーになってください」
「サイクリングだね。いいとも」
今年専務が体験したホノルルマラソンは、大工さん、社員たちの心に火をつけたようだ。忘年会は、これまでとは違った盛り上がりとなり、マツミファミリーの結束は一段と強まった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月28日(木)
コタツの中のベートーヴェン
昨夜、N響の第九を聴きに行った。
私が第九に興味をもったのは、玉川学園中等部に入学してからだ。
毎年暮れには礼拝堂に中学生から大学生の全員が集まり、歓喜の歌を大合唱するのが恒例だった。
あれは高校1年の時だったと思う。第九が深夜に放送された。交響曲として聴きたい、その一心で家人が寝静まってからラジオを掘りごたつの中に持ち込んだ。腹這いになって反対側から頭を突っ込み、灰で覆った炭火の火照りを顔面に受けながら開始を待った。
「タターン、タターン、タターン、タタタタッタタッタター」
ああ、これが交響曲なのか、これがベートーヴェンなのか、初めて聴く音のハーモニーに惹きこまれていった。
そして第三楽章のアダージョに、初恋の人に対する想いを絡ませつつうっとりしていると、しだいに意識が朦朧としてきた。
「どうして、どうして、歓喜の合唱の前に眠ってしまうのだ?」
一瞬、我に返って気がついた。一酸化炭素中毒になりかけていたのだ。
あわてて、布団の外に顔を出して深呼吸を繰り返し体調の回復を待って再度コタツに戻ったとき、歓喜の歌が始まっていた。
なぜ、そんな聴き方をしなければならなかったかと言えば、父がクラシック音楽に関心を示すようになった私を異常なほどに嫌ったからだ。
躾に厳しく、着るもの、食べるものに対して美意識を発揮するのに、クラシック音楽には偏見を持っていた。
「末は検事か弁護士か」を夢見ていた父としては、音楽好きのひ弱な息子になられてはたまらなく嫌だったのだと思う。
「クラシックなど聞くやつにはろくなのがいない」
第九を聴いた夜から、私は父が口癖にするその言葉に激しく反抗心を燃え立たせるようになった。
「ベートーヴェンを理解しないなんて、人間ではない」
私は心の中で叫ぶようになり、父とは心が通い合わなくなった。
毎年暮れは第九を聴きに行くことにしているが、聴くたびに掘りコタツを思い出す。そして父を想い、感謝の念で胸がいっぱいになる。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月26日(火)
錯覚

水不足でしおれる花の姿は見たくない。
「さぞかし水が欲しかったのだろう」と思うと不憫でならなくなる。
玄関の前に置いてあるピンクのシクラメンが首を垂れているのを見て、「ごめんね」と詫びつつ水を与えた。
周りの鉢物にも、まんべんなく水をやってから玄関に入った。
そのとき気づいたのだが、歳暮の品物の裏に写真のポトスがあった。
「なんでこんなところに?さぞかし水が欲しいことだろう」
そう思って、受け皿にのった鉢をキッチンの流しに運び水を与えた。
書斎で仕事をしているところへ女房が帰ってきた。しばらくして台所で大声がした。
「ウワーッ!誰なの、これに水をやったのは?」
行ってみると、ポトスを片手に女房が立っていた。
「私に決まっているじゃないか。玄関の外のシクラメンがしおれていたから、全部の鉢に水をやっておいたんだよ」
私は年末で多忙を極めている彼女の役に立てたと確信していたので感謝の言葉を待った。
ところが、彼女の様子は違っており、非難がたっぷりと込められた視線が床に移った。そこにはかなりの量の水が散っていた。
「これは、いただきものの造花なのよ!」
「エッ?造花?・・・受け皿がついているから本物と錯覚してしまった・・・」
しばし沈黙が生じた。
「いや、すまん」
私はあわてて床を拭いた。ご主人の四つんばいの格好を見て、愛犬ななが喜んだこと、喜んだこと。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月25日(月)
「身体にいい家、悪い家」

〔「いい家」が欲しい。〕は、来年の2月10日で発売から8年目を迎える。
新宿の紀伊国屋書店の4階にある住宅本のコーナーには、いつ行っても平積みされている。
隣には〔さらに「いい家」を求めて〕がある。
店の考えからなのか、私の本を批判している「外断熱が危ない!」と「身体にいい家、悪い家」は棚置きになっている。
それにしても「いい家」と付けた本が多い。
住宅本から家づくりに入る人は、さぞかし迷うことだろう。

私が本の執筆をしていた1998年当時、日本国中が騒ぎ立っていたことがあった。それは私の家から車で20分ほどの距離にある所沢のごみ焼却所から発生すると決め付けられたダイオキシンのことだ。
「赤ちゃんが死んだ」、「ほうれん草のダイオキシン濃度が猛烈に高い」など、テレビ、新聞、雑誌の騒ぎは拡大する一方だった。
それと平行して、環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)が問題化し、環境庁(当時の名称)は67物質リストを発表した。それに該当する物質を含んでいるという理由で、「プラスチックは悪魔の商品だ!」、「ビニールクロスの家に住むと、健康が害される」、「カップ麺容器からスチレンが溶け出す」など声高に叫ぶ人たちがスター扱いされていた。
(その延長線上の見地に立って、前記の二冊は私の本を批判している。「身体にいい家、悪い家」(著者前田智幸・新潮社)の発行日付が2006年7月25日であることに注目されたい)。
しかし、すでに当時、冷静に事実を重視する人たちがいたのだ。
私が本で紹介した「ダイオキシン猛毒説の虚構」(文芸春秋1998年10月号)を発表された作家の日高 隆さん、そして新潮45(1998年12月号)で冷静な判断の必要性を書かれた環境工学の専門家である中西準子さんだ。
その後環境省は調査を進める。そして2000年10月にはスチレンは環境ホルモン因子とは考えられないという見解を出した。
さらに2004年には、危険視された67物質のほとんどがシロであると判定された。その中には、「健康にいい家、悪い家」が「松井が勧めるポリスチレン断熱材はこわいよ、おそろしいよ」と主張する根拠、すなわちそれに含まれているとするフタル酸ジ−2−エチルヘキシルには、内分泌撹乱作用は認められないとする調査結果を発表している。そもそも、製品化されたポリスチレンからは成分であるスチレンモノマーは揮発しない。したがって、スチレンが揮発するから怖いとする主張は誤りである。
また、発ガンリスクはダイオキシンですら水道水と同等か、それ以下なのだから断熱材として用いた場合に、家の中に揮発するわけでもなく、触れるわけでもないのだからまったく心配ない。
前田氏は、自分が開発した床暖房と、グループで開発した断熱ボードを売りたくて本を書いたようだ。
そして、〔「いい家」が欲しい。〕は欲しくない。「なぜなら健康に悪い家だから」と決め付けることで成功を試みたと思われる。
しかし現在では、前田氏のように化学物質を「こわいよ、危ないよ!」と非科学的に決め付けたのでは物笑いであることが、下記に紹介した本を読むとよく分かる。
自画自賛になるが、1999年の2月発行の住宅本に「化学製品は、悪魔の商品か?」の項目を挿入するには大変な勇気を必要とした。
ところで、家づくりに関する本は、自分が良いと信じる家を100棟以上造り、3年以上アフターフォローを続け、自分もその家に3年以上住まないことには書けるものではない。
前田・川井の両氏は、それらの資格に当てはまるのだろうか?
●「環境リスク学」 不安の海の羅針盤
中西準子・日本評論社
●「環境問題の杞憂」 藤倉 良・新潮新書
●「これからの環境論」 作られた危機を超えて
渡辺 正・日本評論社
●「環境問題のウソ」 池田清彦・ちくまプリマー新書
●「続・環境と健康」誤解・常識・非常識
安井 至・丸善
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月23日(土)
地球儀の旅
ときたま地球儀を眺めては想像の旅に出かけている。
ある夜、北海道の最北端を自転に合わせて西へたどっていった。
モンゴル高原を通過し、ガザフスタンへ、さらに進むとヨーロッパ大陸に入る。ウクライナの真ん中を抜けると、今年の夏に訪れたチェコの首都プラハだった。
素敵な町並みがよみがえる。
今度は九州の最南端をたどると、中国の上海だった。
今、中国で一番のエキサイティングな街とされる。
俄然、興味が湧いた。
そんな理由で、正月休みを利用して行くことにした。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月21日(木)
6年間無遅刻、無欠勤

今日、1月30日に紹介した古川棟梁の現場へ行った。
弟子の吉岡大工は、入社した日から棟梁に弟子入りさせた。
お茶を飲みながら棟梁に尋ねた。
吉岡さんは弟子入りしてからだいぶ経ったが、いい点はどういうところだろうと。
棟梁は、淡々として答えた。
「そうだねー。吉岡を褒めてやれるところは、6年間無遅刻、無欠勤である点です」と。
私は心底驚き、感心した。
「6年間・・・」
その間に何人もの若者が大工を目指してやってきている。社員も入った。
しかし、一年間だけでも無遅刻、無欠勤であったものはいないと思う。
事故も、ケガもしないで、よくぞ修行を続けてくれた。
もちろん本人に感動したが、その事実を今日まで語ろうとしなかった親方にも感動した。
そして、そのような子供に育てた両親に感謝したい気持ちでいっぱいになった。
忘年会には、特別表彰をしてあげよう。
写真は親方に撮ってもらった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月20日(水)
信頼のよりどころ
ある設計士への返信。
心配や不安を感じたら相談することは、しないよりも数倍ましである。
問題は、「このことでまた怒られてしまったらと思うと不安になります」という考えだ。
お客様が怒ることは極めて稀であって、叱ってくださるのだ。
叱られることは気持ちがいいことではないけれど、叱る立場の方が数十倍も嫌な気持ちになるものなのだよ。
仕事というものは、どうしたらいいのかわからなくなったときに、逃げずに、真剣に、その苦境と真正面に向き合うことが大切だ。特に家づくりにおいては。
そうできるか否かでその人の存在価値が決まる。
お客様のために尽くすという覚悟が決まっている人には、男女、年令、経験を問わず気迫、迫力が備わる。
問題が生じたとき、お客様が信頼のよりどころにされるのは、そこなのだよ。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月19日(火)
ローラ・インガルス・ワイルダー
その年になってと笑われるかもしれないが、ローラ・インガルス・ワイルダーに惹かれてならなくなった。
本屋でふっと手にした「わが家への道 ローラの旅日記」を枕元に置いてからだ。
ローラの一家は、1894年7月の暑い盛りに、サウス・ダコタから幌馬車に乗ってミズーリ州のマンスフィールドを目指して旅立った。
約1000キロに近い距離を45日間かけて。
私は毎夜ベッドの中で、その旅に想像でついていく。時には夫アルマンゾになったり、ローラになったりして。
ローラが「小さな家」シリーズを書き始めたのは65才になってからだと知って、ますます惹かれてしまう。それまでに体験した苦労、勇気、思索、喜び、失望、愛などの深さが込められた本を、これから一冊ずつ読むのが楽しみでならない。
想像を大切にしたいので、テレビで放映されたドラマは見ないことにしよう。
今日は、あるお客様に厳しく叱られた。
叱っていただけたことがありがたくてならなかった。
でも、やはり気持ちは滅入る。
そこで、ローラの旅に思いを馳せながら「新世界」を聴いた。今年訪ねたプラハのドボルザーク記念館で買ったCDで。
それはノイマン指揮によるチェコ・フィルハーモニーの演奏だ。実に力強い。ローラの勇気が乗り移ってくるような感じがした。
ローラには、ローズという一人娘がいた。
娘の励ましで小説家になるのだが、娘が書いたベストセラー「嵐よ、ほえろ」のストーリーを巡って激しく対立し、娘と別れて暮らすことになる。つい、老後の面倒を娘に見てもらおうと打算的にならざるを得ない年になってからだ。
それもうなずける。なにせ結婚式で、「夫に従います」という宣誓を拒み、何事も自分が納得した考え、行動に従うことで夫に協力して一家を幸せにするという信念の持ち主なのだから。
しかし、きっと心の内は寂しかったのではなかろうか。母親と別れたローズはニューヨークで暮らすことになる。
「新世界」は、1893年にそのニューヨークで初演されたそうだ。
野上彰作の「家路」は、ローラとローズをイメージして作られたように思えてならない。
響きわたる 鐘の音に
小屋に帰る 羊たち
夕日落ちた ふるさとの
道に立てば なつかしく
ひとつひとつ 思い出の
草よ 花よ 過ぎし日よ
過ぎし日よ
やがて夜の 訪れに
星のかげも 見えそめた
草の露に ぬれながら
つえをついて 辿るのは
年を老いて 待ちわびる
森の中の 母の家
母の家
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月17日(日)
ホノルルマラソン
専務(私の三男)が、ホノルルマラソンに出たいので休みをもらいたいと突然申し出てきた。
「どうぞ」と言った後で、「待てよ。彼はいつ、どこでマラソンの練習をしていたのだろうか」と不思議になった。
そんな気配は全く感じられなかったし、何でも話してくれる孫の三人娘の長女も、そして母親も、また私の女房も知らなかったようだ。
その夜、「ホノルルマラソン」をネットで検索して知ったのだが、そのためのツアーがあって、ハワイに到着した次の日に走り、終わるとすぐに帰国するらしい。
「なんぼなんでもそれは無茶だ。3日前にはハワイ入りして、現地の気候に慣れて、コースを下見し、当日コンディションが良かったら走るべきだ。そういうツアーがないのなら、単独で行くべきだ。
専務に万一のことがあっては困る。ホノルルで心臓発作・・・」
そんなことを思っているとじっとしていられなくなって、専務の妻に伝えるよう女房に命じた。
すると、楽天家というべきか、感受性がおおらかというべきか、母親としての自信なのか、彼女は言った。
「そんなこと心配したら切りがないでしょう。具合が悪くなったら途中で止めますよ。それにあの子は、中学生のときにはマラソンで1位でしたからね」と。
「バカ言ってんじゃない。中学で1位なんていう自負が恐いんだよ。出場すれば誰だって無理をする。ふだん練習をしていないのだから、心臓マヒになる確率が高いと思わないか?」
「アハッ、アハッ、ハ」と彼女は大笑い。
ネットから得た情報では、「12月10日午前5時。まだ真っ暗なホノルルのアラモアナ公園で花火が上がった。2006年のホノルルマラソンがスタートした。
会場に集まった参加者は28000人を越える」とあった。
翌日、「これから帰る。4時間を切れなかったが完走した」との電話を受けた。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月16日(土)
予算が不足でも建てられる!
二世帯同居のT邸のお引渡しが無事終わった。
多摩丘陵の木立に囲まれた日当たりの良いすばらしいところだ。
Tさんのお母さんがこんな話を聞かせて下さった。
この土地を手に入れたのは昭和38年でした。建ててからかれこれ40年になる古い家を2年前にリフォームして、一生住もうと決めていたのです。
そこに息子がやつてきて、「この本を読んでもらいたい。この本に書いてある家に建替えて一緒に住もう」と提案されました。
リフォームする前に建て替えを考えた時期があって、住宅展示場を巡り歩き、いろいろな本も読んでいたのですが、私たち夫婦を納得させてくれるものがありませんでした。
松井さんの本を読んで、私たちも強く心惹かれました。
「そうだ。そのとおりだ」と納得できるからです。
息子に誘われて勉強会に参加しました。
あのとき、他の参加者にも同じように思った人がいたように感じたのですが、「ぜひマツミの家に住んでみたい。しかし、予算が足りない」と思いました。
でも、息子夫婦は諦めませんでした。予算に合うように間取りや設備や内外装などを工夫して、マツミの家として大切なところにはしっかりと予算をかける、そういう方針に徹して親子で何回も話し合いました。
こうして出来上がって分かったことは、マツミの家は「予算が足りなくても建てられる」ということです。
たぶん、勉強会に参加された人たちの多くは、簡単に諦めてしまっていると思うので、そういう人たちに教えて差し上げて欲しいのです。
工事中も何度も現場を見しましたが、マツミの家にして本当によかったと思うものですから。
今日は、感謝の思いで一杯です」
現場監督と設計士からのメール。
「夢が叶いました」とお客様が言われた時、涙が出そうなほどに感動しました。一生懸命に現場に尽くすことの大切さを、今日も学びました。
お客様に心底から喜んでいただける家づくりに携われることを、とてもうれしく誇りに思っています。心あたたかなTさんご一家の笑顔に接し、またひとつ、人間的に成長できたことを実感しました。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月15日(金)
シルクランド画廊

来年のカレンダーはホンビン・ヅォーの絵で、銀座にあるシルクランド画廊の経営者である顧 定珍さんの協力によって実現した。
その顧さんが体感ハウスに来られた。
壁の絵は、3・4月の「楽しくおしゃべり」である。
そのタイトルどおり、二人の話はニューヨーク、パリ、スペイン、サンクトペテルブルグ、そして上海へと楽しく弾んだ。
そして、もっとも思い出深い絵との出会いについて語り合った。
顧さんには、いい絵を一人でも多くの人に見てもらいたいという純粋さ、ひたむきさがある。
商売の成否はその結果であるという考え方がいい。
昨日は、銀座にある文芸春秋画廊で第3回「水彩家族」展を見た。
母親である三上まきさんは20年前の66才から水彩画を学んだという。2男2女の子供たちが4人共に水彩画を描くところから「水彩家族」というのだそうだ。
まきさんのエネルギッシュな絵と凛としたお姿を拝見し、心を打たれた。
67才、人生はこれからだ。
私の半分にもならない年令の人たちが〔「いい家」が欲しい。〕を読んで、何が何でも「いい家」を建てたいと望まれるのだから、大いにがんばらなくては。
「いい家」に一人でも多くの人に住んでいただきたい。
松坂屋で「健康フェアー」が開催されていた。
自律神経、脳年令、血圧、血管、骨、体脂肪、肺、足チェックなど、あらゆる測定をしてくれる。
おそるおそるやってもらったのだが、「元気度」は申し分なく、脳年令、血管を含めて「若々しい」という判定だった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月13日(水)
二世帯同居
分離型でない二世帯同居は、最初の冬を迎えたときに窓の開け閉めで不都合を生じる場合がある。
例えば、こんなケースである。
一階に住む親は寒さには強いが、二階に住む若夫婦は結婚した時から10年間もマンションに暮らしていたので寒がりになっている。
親は風呂から出るとき、前の家でやっていたように窓を開けてから寝る。
すると浴室だけでなく家全体の温度が下がってしまう。
そのことに気づいた嫁は、夫に苦情を言う。夫は下へ言いに行く。
「ダメなんだよ、この家ではね、お風呂場の窓は開けては。気密性がなくなってしまうから二階まで寒くなってしまうよ。それにね、24時間換気装置が余分な湿気を排出するからカビの心配はないんだ」と。
それを聞いて親夫婦は思うかもしれない。
「窓を開けるのは、カビを防ぐだけのことではないんだ。気分の問題でもあるんだよ」と。
そのような不都合は、インフォームド・コンセント(事前の説明と了解)が行われていれば避けられるはずだ。
住み心地は、ちょっとしたアドバイスや工夫で改善されるのだから遠慮なく相談していただきたい。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月12日(火)
暖かさの違い
分譲地の一角に過日上棟したO邸の周りは建築ラッシュになっていて、20棟ほどが同時進行している。
昼休みになると、よその大工さんたちが見学に来ると棟梁が言う。
「それで、どんなことを言っている?」
「TIPにみんな興味を示しますね。周りの家はどこも合板を張っているので。ほとんどの大工さんが“いまどき、こんな手間をかける工務店があるんだ”と感心しますよ」
そして棟梁はうれしそうに続けた。
「この家は暖かいねー、と驚いています。弁当を家の中で食べられることに驚くのですよ。現場の中が寒いので、車の中で暖房をきかせて食べているけれど、私たちが家の中で食べているので驚くのです。外断熱と内断熱の暖かさの違いを体感して、びっくりしていますよ」と。
昨日は大工さんに言われて水道工事の職人が見学に来て、やはり暖かさの違いに驚いていたそうだ。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月11日(月)
タバコ
帝国ホテルのラウンジの責任者から電話をいただいた。
全席禁煙を試してみたことがあるが、うまくいかなかった。
いずれは、再度試みたいが今のところは無理がある。
しかし、本日より案内の仕方を改善することにした、とのことだった。
帝国ホテルでは、喫煙者の自覚に期待する他ないようだ。
飲食する場では、いや、他人が近くにいる場合は吸わない、吸わせないということが実行できないとは、何とも情けない。
アメリカでは、命を奪うものとしてワースト30のトップにタバコが挙げられている。
命に係わるとなると、モラルの問題ではなく犯罪にならないのだろうか?
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月09日(土)
「喫煙ですか、禁煙ですか?」
「禁煙席をお願いします」
「はい、こちらへどうぞ」
案内されたところは、3人がタバコをふかしている席のすぐ隣だった。
「ここは禁煙席ですか?」
「はい、このテーブルからこちら側が禁煙になっています」
この会話は、帝国ホテル正面ロビーを入った左側にあるラウンジでのものである。
帝国ホテルは、業界で「御三家」の筆頭に挙げられ、国の文化を代表しているとまで言われている。それにもかかわらず、タバコに対してかくも無頓着な営業を続けている。
仕切りがあるわけではない。エアーカーテンがあるのでもない。
「木曽路」は、ファミリーレストランとしては高級とされている。
「ただいま禁煙席は満席となっていますが、喫煙席でよろしければすぐにご案内できます」
このセリフは、客をバカ扱いしていると思う。
禁煙希望を承知の上で、あわよくば喫煙席に座らせてしまおうというのだから。
タバコが有害であることを熟知しながら、なぜ、そのように喫煙者に迎合した商売をするのだろうか?
一人でも客を逃がしたくないというよりも、客においしく飲食してもらおうとする考えがないからに違いない。
そのようなところの厨房では、調理人はくわえタバコで働いているのだろうと想像してしまう。
つい最近大阪ヒルトンホテルに宿泊した人から聞いた話である。
禁煙ルームを予約しており、フロントで確認のうえでチェックインした。
ところが案内された部屋はタバコくさいので換えてもらったとのこと。
一流とされるホテルやレストランが、客と従業員の健康に対する配慮をなおざりにして集客=金儲けを競い合っている。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月07日(木)
ハッピーリタイアメント
中島木材さんのブログ「ラジオ深夜便」を読んだ。
NHKのその番組は、私も時々聞いている。
10月16日のブログにも書いたのだが、本間千枝子さんとの出会いは4時からの「こころの時代」がきっかけだった。
6月に放送された心理学者である多胡輝(たごあきら)さんのお話は、今も忘れていない。多胡さんは1926年(大正15年)生まれで、現在80才。
「60才からの第二の人生はけっこう長い。だから戦略的に考えることだ。定年退職を外国では“ハッピーリタイアメント”(幸せな引退)といって歓迎している。余生なんていう考えは持つべきではない。これから本当に自分がやりたかったことがやれるときを迎えたのだ。夫婦で老後を楽しく暮らす時代を迎えたのだ。そう考えるべきだ」
要約するとそのような内容だった。
正にその通りだと思う。
「夫婦で老後を楽しく暮らす」ということは、横浜体感ハウスのコンセプトそのものだ。それに賛同されて新築に踏み出すお客様が増えている。
昨日紹介したFさん夫妻が言われていたように、「いい家」は間違いなく「ハッピーリタイアメント」をより確かなものにしてくれる。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月06日(水)
手作りの額

Fさんのお宅にお邪魔した。
玄関に入ると、とてもいい感じがした。
その理由が、壁を飾っている額にあることにすぐに気づいた。どの額もデザインはシンプルなのだが作りが良くて味わいがある。
「私の手作りなのですよ。絵は、いただいたカレンダーのものです」
Fさんは白髪をかきあげながら少年のように恥ずかしげに説明した。
「枠材などの余ったのを監督さんにお願いして取っておいてもらいました」
なるほど。
枠材と同じ材料で作られ、同色に仕上げてあるから感じが良いのだ。
私は“いい感じ”の訳を納得した。
絵は額装によって見映えが変わる。額が立派すぎると、雰囲気が緊張したり、重々しくなったりしてしまう。かといって、軽いものにすると絵が映えなくなる。
だから、玄関に飾る場合には特に悩んでしまう。ところが、枠材に合わせて作られた額であれば、デザインはがんばらなくても「いい感じ」を演出し易い。
「えっ、これがカレンダーの絵なの?」という意外性を楽しめる。
うまいことに、月によって差し替えができる。
そうだ。これからFさんと協力し合ってカレンダー絵の額装をやってみよう。
捨てるにはもったいないと思うものが、額装されて生き返るのは想像しただけでも楽しくなる。来年のホンビン・ヅォーの絵はどのように納まるのだろうか。
そこに奥さんが帰ってこられた。
奥さんは満面に笑みを浮かべて、
「私たちは毎日、何回も、顔を見合わせては“いい家だねー”と言い合っているのですよ」と言われた。
そして、ご主人の作品をいろいろと見せてくださった。
傘立て、椅子、小テーブルなど、どれも見てよし、触ってよしで、「欲しいなー」と思うものばかりだった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月05日(火)
おしゃべりハラスメント
最近、「おしゃべりハラスメント」に遭遇する機会が多くなっている。
レストランに入ると、必ずといってよいほどに大声でしゃべる人がいる。
大概が、女性同士である。
そして、よく笑う。しかも大声で。
できるだけそのような人から離れた席を望むのだが、混んでいるとままならない。
新宿でお会いしたお客様を昼食にお誘いした。
選んだ店は、中華料理が専門で雰囲気がよく、味がいいので評判である。
案内された席のすぐ隣に貫禄のある70前後の男性がどっかりと座り、向かい合った人と何やら大声で話していた。
嫌だなーと思ったのだが、他の席は埋まっていたので覚悟を決めて座った。
料理を頼み終わって、お客様と会話を始めたのだか隣の紳士の声が気になって仕方がなかった。
それでも、気にしないように努めていた。
やがて料理が運ばれてきて、会話が途切れがちになると、否応なしに紳士の話を聞かされることになった。
「ベトナムのゴルフ場は、実によかったよ。高原にあってね、フランスが統治していた頃につくられたんだが、そこで○○○の会長の○○さんとプレーしたんだよ」
その会社の名はあまりにも知られていて、その会長さんとは面識があるので話の続きを聞きたくなった。
「ホテルは○○さんの部下が手配してくれていて、そんな超一流なところでなくていいよ、と言ったんだが、水が心配だからと言うんだよ。うっかり飲むと、下痢しちまうってね。ハッハッハ!」
思わず食べていたものを吐き出しそうになった。
私たちが聞き耳を立てていることが分かったのか、それから紳士が滔々と語り続けたことは、すべて、単純化すれば自慢話だった。
かれこれ20分間ほど、「おしゃべりハラスメント」をたっぷり被って、昼食は後味の悪いものになってしまった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月04日(月)
形山榮依子さんの藍染

「思ったこと、感じたこと」の第7回に、久保田紀子さんが書いた「藍染作家 形山榮依子さんを訪ねて」がある。http://matsumi.com/column/columu007.htm
そこに紹介された作品の中で、床に広げられた少女を描いた100号ほどの作品が、その後額装されて東京体感ハウスに飾ってある。
その部屋は二階にあって、こじんまりしているのだがとても落ちつく。
今夜は、ひとときをモーリス・ラヴェルの曲を聴きながら「花を活ける少女」と向かい合って過した。
ラヴェルは「ボレロ」であまりにも有名だが、今夜はスペイン狂詩曲を聴いていた。
不思議と藍染の少女と雰囲気が合って、ソファーから立ち上がり難かった。
「この作品は、必ず松井さんにパワーを与えてくれますよ」
作品を引き渡される時、形山さんが預言者のようにそう言われたことが思い出される。
内外温度計を見ると、外は5.4度、室内は20.3度であった。
暖房は1階のクレダ1台だけである。
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2006年12月03日(日)
般若心経

久保田さんが運転する車の中で、ふとしたきっかけから「般若心経」が話題になった。
すると久保田さんが「かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみつたじ しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく しゃりし・・・」と、お経を唱え出した。
「どうしてそんなに諳んじているのですか?」と尋ねると、
「主人を亡くしましたから・・・」と言って沈黙した。
「般若心経についての解説書で、柳沢圭子さんが書かれた『生きて死ぬ智慧』を読んでみたいと思っているのです」
すると久保田さんは、
「私は新井満さんが解説されたものを読んだことがあります。最後が『ばんざい、ばんざい、ばんざい』で終わるのですが、とても分かり易い解説ですよ」と言った。
その話に私はたいへん興味をひかれた。
「その本をぜひ読んでみたいですね。ばんざい、ですか。
実は、おやじの49日の法要の席で、挨拶に立たれた方が『それでは皆さんお立ちください。これから万歳三唱をしましょう』と提案されたのです。
すると会場が一瞬『まさか!』という非難の沈黙に包まれたのですが、私はとっさに立ち上がって『それはすばらしい提案です。みなさん、ご唱和をお願いします』と応じました。
皆さんが戸惑いながら立ち上がりました。最初の「ばんざい」は、ひどく不揃いでしたが、三度目の『ばんざい』は見事に一致しました。そのとたんに、会場に不思議なほどに和やかな気持ちの良い雰囲気が満ち溢れました。
皆さんがすばらしい笑顔になりましてね、とくにおふくろが喜んでくれて『いい供養ができた』と何べんも言ってました。
それでよかったのですね」
私は、あの時の「ばんざい」が心にいつも引っかかっていたのだが、新井満さんの本を読んでさっぱりすることができた。
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2006年12月02日(土)
眠れない(その1)
私は団体で旅行することが苦手だ。
その一番の理由は、他人と一つの部屋で眠ることができないからだ。いびき、歯ぎしり、寝言、寝返り、トイレなどのすべてが気になって眠れない。
ある旅館に、よんどころない付き合いで泊まったときに、うまい具合に寝ついたことがあった。ところが、熟睡の深みにはまっていた時に、突然大木が腹の上に倒れてきた。死ぬかと思ったほどに驚いて目が覚めた。何と、隣に寝ていた柔道三段を自慢していた人が寝返りを打って、太くたくしまい足で私の腹を蹴ったのだった。
それ以来、私はいかなる誘いがあっても他人と寝ることを止めた。必ず個室を取ることにした。
ところが、一人で寝てみると違ったことが気になるのだった。
まず、臭いである。カビ臭かったり、タバコの臭いがあるともうだめだ。次に温度と湿度が適当でないとダメ。廊下や隣室から聞こえてくる音も気になる。そして寝具のあんばいが悪いとダメ。特に枕と掛け布団。
そこに、もしも、蚊が一匹飛んでいたらもうお終いだ。その夜は、眠ることを諦める。
つくづく、弱い人間だと思う。
だが、女性でありながら信じられないほどに強靭な神経を持った人がいることを知って、私は長年にわたってさいなまされてきた劣等意識を白状してしまいたくなった。
その人は、曾野綾子さんである。
曾野さんは、「生きて、愛して、尽くして、死んだ」というエッセイの中で、アフリカのマダガスカルにある「アベ・マリア産院」に宿泊したときのことを書いている。
「私は最初の晩、その部屋の臭いと戦っていた。はっきり言うとその部屋には母乳の臭いが染みついていた。」
「私はこの甘ったるい臭気を取るために、夕方まで窓を開けて風を入れていた。夜も開けて寝ればよかったのだが、そうすることを避けたのは、窓に取り付けられた網戸の下の方に、優に五センチはあると思われるほどの隙間があるからだった。つまりそこからマラリア蚊が自由に出入りできるからである。」
「もっとも私はあまり困らなかった。開けて寝たければ、人間の燻製ができそうなほど蚊取り線香を持って来ている。」
「蚊取り線香を夜通しずっと燃やし続ければ部屋の甘ったるい臭気もごまかされるというものだ、と私はこの偶然に感謝していた。」
なんとすごい人なのだろう。
マラリヤ蚊―蚊取り線香―臭気の組みあらせに感謝するというのだ。私は、嫌悪し、怖気づき、困惑するばかりなのに。
私が何かの縁でそこに泊まらざるを得なかったとしたら、まず「甘ったるい臭気」に絶望する。次に、マラリア蚊が出入りする穴を発見したら、恐怖感に襲われるのは間違いない。そこで、蚊取り線香を炊く。すると今度はその臭いで眠れなくなることも間違いない。
もしも、3日間泊まらなくてはならないとしたら、間違いなく私は三日三晩眠れないと思う。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2006年12月01日(金)
自立循環型住宅
自立循環型住宅とは、住生活に必要なエネルギーを他者から受けずに済ますことを理想とする。
具体的には3年をめどに、2000年前後の標準的な住宅と比較してエネルギー消費量=二酸化炭素排出量を50%削減する住宅の実現を目指すものである。
となると、次世代省エネ基準をクリアーすることは必須の条件となる。
そこで専門会社に依頼し、国土交通省特別評価認定プログラムに従い東京体感ハウスを計算してもらった。
すると、次世代省エネ基準仕様との比較で省エネ度が31%上回るという結果を得た。標準的な住宅と比べると驚くほど省エネなのだが、自立循環型住宅の目標とするレベルには及ばない。
改善すべきは、さらなる自然利用である。具体的には、換気システムの改善だ。
そのためには法律が求めている機械換気ではなく、温度差や風圧を利用する自然換気を採用せざるを得ない。
そうすることは、住む人に快適をかなり犠牲にしてもらうということになるから、上質な住み心地を求める人にとっては好ましいことではない。
そこで、「ランニングコストが高がかりになっても住み心地が良いほうがいい」と言うと、国家的、いや、地球的見地から非難されかねない。
すでに、「住み心地」はぜいたくだという意見すら聞こえるようになっているのだから。
いまや「地球温暖化防止のために」というスローガンは、「御国のために」と似た様相すら見せ始めている。
しかし、現場をよく観察してみよう。
大量生産販売をさらに有利に推し進めようとする造り手たちは、スローガンを高々と掲げながら、それとは正反対の家造りを競い合っていることに気づくはずだ。
スローガンを掲げるものは、往々にして隠された意図を忍ばせているものだ。
つまり、上質な住み心地を約束させられるのは困るので、客の関心をスローガンに引きつけようとしているということである。
カテゴリー: 投稿者 :松井









