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2007年07月31日(火)
工務店にとってありがたいこととは?
動画ブログに登場する小日向邸の引渡しが行われた。
「息子に家を造ってもらうことができて、本当に幸せです」
両親とおじいちゃんの瞳は感激でうるんでいた。
「子供の頃はあまりにも神経が繊細すぎて、この子の将来はどうなるのだろうかと心配したものです。現場で大工として働くわが子の姿を見るのは初めてのことだったので、不安に思ったりしました。でも、西村棟梁さんをはじめ、会社の皆さんに育てていただいお陰で、だんだんと頼もしく思えるようになりました。こんなすばらしい家に住めるなんて、もう、うれしくて、うれしくてなりません」
そう言う母の笑顔は今日も美しかった。
昨日は、女優として名の知られた方の家を引き渡した。
リビングにテーブルが搬入されていた。6人掛けの大きさのケヤキの一枚板で、私は見た瞬間に気に入った。
「すばらしいですね」
テーブルをなでながら言うと、その方は説明してくれた。
「このテーブルは、20数年前に母が気に入って購入したものです。新居で使うかどうか迷って家具屋さんに相談したところ、このように新品同様にして搬入してくれたのです。
ここに置いてみると、たしかに、素敵に見えますね」と。
漆塗りに塗装し直すことで、ケヤキ特有の木目はさらに一段と表情を良くしたように見えた。この方は、20数年前に出会った家具屋さんともいい付き合いをされているのだなと思いつつ、私は言った。
「何よりも感謝したいことは、設計士、現場監督、大工さん、職人さんたちを気持ちよく働かせていただいたことです」と。
工務店にとって、気持ちよく働かせて下さるお客様に巡りあえることほどありがたいことはない。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月30日(月)
「17億円新居バトル!」
女性セブン8月9日号は、「17億円新居バトル」を報じている。
「何から何までめちゃくちゃ」念願の新居が完成したというのに、彼の口から突いて出てくるのは驚くばかりの罵詈雑言。一帯、何があったのか。新居を巡り、美意識にこだわる彼と、困惑する業者の意見がぶつかり合って・・・」
彼とは、華道家としてつとに有名な人だそうだ。その彼から「日本の建築史上最悪の会社」と宣言された住宅会社のかたを持つわけではないが、かなり感情的な発言だと思う。
良かれと思って家造りを託した相手から裏切られたとき、だれもその相手を「最悪の会社」と思うのは分かる。しかし、「日本の建築史上最悪」という決め付けはいかがなものだろうか?
もっと悪はいくらでもいたし、いるのだ。
ところで気になるのはこの談話である。
「私たち依頼人は建築の素人。だからこそ高いお金を払ってプロにまかせ、いいものをつくってもらう、それが大前提。こちらとしては、お支払いだってきちんと済ませているのですが、なんといっても見積もりが納得いかないものでした。ミスがあったら指摘するのは施主として当然で、それは“クレーム”とは違うんです。どれだけの人が欠陥住宅に悩んできたのか。泣き寝入りしている人に私のように闘っている様子を見て、勇気をもってもらったら」
私は本に書いたのだが、契約書に判を押す前に四つの相性をよく確認することが大切だと。
一つは、人と人。二つは、プラン(工法を含めて)。三つは、予算。そして四つは、工期。
その四つの相性が合ってさえいれば、こんなみっともないバトルは起こり得ない。本をプレゼントしてあげたらという意見もあるが、今からでは遅すぎる。
彼はたぶん『建ててしまった人は読まないでください。ショックを受けますから』になってしまうであろう。
というのは、住み心地に大きく影響する「断熱の方法」について、「知らない、知らされない、知ろうともしない」で建ててしまっているのだろうから。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月29日(日)
勉強会活況!

今日の勉強会は、新事務所にて構造見学会を兼ねて行った。急な予定変更だったので社員はあわてたようだった。
始まってまもなく、雷が轟き、ものすごい豪雨になったのですべての窓を閉じて続行した。エアコンはなく、扇風機だけで。
途中雨が上がったので窓を開けると、生暖かい湿気をたっぷりと含んだ風が入ってきた。はじめから終わりまで、決して快適といえる状態ではなかったが、定員越えの21人のお客様方は熱心に話しを聞いてくださった。
現場で、構造体を目の前にして学ぶ「外断熱の合理性」、「マツミの家造り」は、迫力があり分かり易いと好評だった。
地下室も見学していただいたが、まるでエアコンをかけているようなさわやかさを感じたという声が多く聞かれた。例の枯れかけていた鉢の植物の葉は、茶色の部分がほとんど見当たらず、新鮮な緑色を回復していた。
その後体感ハウスへ移動した。
「小屋裏のエアコン一台で、どうしてこんなに涼しいのかしら・・・」
「うーん、この涼しさはいいなー!」
どこにいても同じように感じる程よい涼しさに、感動する人が多かった。個別相談用のテーブルは6箇所あるのだが、3組の方が順番待ちをしてくださった。
横浜体感ハウスにも、4組のお客様が来られた。
ハウスメーカーの住宅展示場への来客数の減少が目立ってきているのに反して、実にありがたい活況である。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月28日(土)
Dr.コパさんの三宅宮
![miyakenomiya10[1].gif](http://matsumi.com/blog/media/miyakenomiya10%5B1%5D.gif)
Dr.コパさんのホームページ。
「風水とは、古代中国で生まれた、いかに安全に、快適に住むかという知恵を集大成した、大地の吉凶を見るテクノロジー。簡単に言うと、宇宙に流れる気のエネルギーを知り、上手に取り込むことで運気を上昇させようという学問。3000年、一説によると4000年の歴史を持つとも言われています。」
そのコパさんが建立された「三宅宮」神社が世田谷区上野毛3−23−21にある。
そこから歩いて2〜3分のところM邸を上棟した。私の家造りは、基本的に風水の考え方に通じるので、三宅宮に参拝し、無事の竣工とMさんご一家の幸せを祈った。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月25日(水)
エコ住宅
NHKテレビの夜9時のニュースで「エコ住宅」を紹介していた。
「何をいまさら」という感じで見た。
というのは、私がテレビで紹介したような断熱強化によるエコ住宅の第一号棟を造ったのは1989年のことだからだ。
1992年に住み心地体感ハウスを造り、翌年NHKの技術部に依頼し、当時は日本に数台しかないという遠赤外線を撮影できる特殊カメラで、輻射熱効果の高い家が住み心地にどのような影響をもたらすのかをビジュアルに証明する試みをした。費用はかかったが、相応の成果を得た。
テレビでの取り上げ方は、刺激的で中途半端だから、エコ住宅を造りさえすればエアコンが不要であるかのように思った人が多かったと思う。
紹介された家は沖縄にあり、窓をいっぱいに開けて風抜けのよさで涼感を得ていたが、東京でまねをしたらまず間違いなく不満だらけになるだろう。
防犯が心配だし、何よりも音とホコリにうんざりさせられる。
東京で建てるなら、窓を閉めても快適である家だ。それには適当にエアコンを必要とする。
ところで、2006年12月6日に自立循環型住宅を紹介した。
特殊な技術や未完成な技術を使うことなく、一般的に利用できる技術や工夫を用いて生活時のエネルギー消費を2000年前後に建てられた家よりも50%削減することが可能な家。それが正にこれから求められるエコ住宅なのである。
マツミの家は、特別な工夫をしなくても35%程度の削減率になっているので、「夏の住まい方」を参考にしつつエアコンを上手に活用して快適に生活していただきたい。(太陽光発電を設置すると50%削減は余裕でクリアーできる)
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月24日(火)
住み心地の差
今日の14時20分、東京体感ハウスの記録計は、西側屋根の表面温度が66度であることを表示していた。
その真下にある小屋裏収納室の温度は27度、その差は、なんと39度。
屋根下地板に触るとひんやりした感じがする。
「外断熱が危ない!」や「外断熱はもう古い!」という本は、外断熱の家の断熱性能が低過ぎると主張しているが、それは大間違いだ。
断熱性能を必要以上に高めると、暖房時には相応のプラスを生むが、冷房時にはマイナスに作用する。夏の熱ごもりの問題である。
これからの季節、冬専用の家と、夏対策を持った家との住み心地には大きな差が生ずることになる。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月23日(月)
心を込めて掃除を
新入社員からの報告である。
S邸引き渡し前の掃除に行ってきました。
実に素晴らしい家で、荻窪という高級住宅街の中で圧倒的な存在感を誇っていました。マツミの家は住み心地の良さでは絶対に他に負けないと確信しますが、デザインの素晴らしさもそうだと思い知らされました。
帰りに住宅街をドライブしてみましたが、S邸ほど見事な家は見当たりません。S邸は入社して最初に見学した現場です。その頃はまだ上棟してまもなくだったのですが、完成した姿は想像していたよりもはるかに美しい姿をしており、マツミの家のクオリティーの高さに感動しました。
こんなに素晴らしい家を造る会社で働けることを誇りに思います。
掃除は、久保田さんから指導を受けているとおりに、いろいろな角度から汚れているところはないか、見逃しはないかと気をつけて取り組みました。掃除をすることで、間取りの工夫、床材の質感、収納の工夫、設備の選択、照明の用い方、、スイッチ、コンセントの位置などすべてが勉強になりました。
夜のミーティングで社長が、心を込めて掃除をすることの大切さを話されましたが、まったくそのとおりだと思います。
社長が紹介してくださった長島監督の「私の履歴書」を読んで、プロであることがどういうことなのかを考えさせられました。一日も早く、先輩に追いつき、追い越してマツミの家造りのエキスパートになれるように精一杯がんばります。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月22日(日)
マツミを去れ!
このところ契約、地鎮祭、上棟、引き渡しが連続している。
そんなときは自問自答を繰り返す。
お客様に本当に納得していただけるのかと。
納得は、社員、大工、職人が一丸とならない限り得られるものではない。
そこで、毎日仏壇に手を合わせて誓うのだ。
「みんなで心を合わせお客様のご期待に必ずお応えします」と。
そんな心境の時に、入社4か月近くになるKが私の琴線に不快な触れかたをした。お客様に対する感性のずれが顕在化したのである。私が一番嫌い、恐れるものが。
私は怒った。
「マツミの家造りを甘く考えるでない!住む人の幸せを心から願えないのであれば、マツミを去れ!」と。
怒った後は、無性に後味が悪い。
とてもブログを書く気になれなかった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月19日(木)
一生の記念になるように

史花(ふみか)さんは小学校6年生。
両親と一緒に契約に立ち会った。
設計図書をはじめとしてすべての説明が終わって、父親が契約書に署名し、捺印をする姿をじっと見つめていた。
「おめでとうございます。精一杯、いい家をお造りします」
「どうぞよろしくお願いいたします」
史花さんは、両親と声を揃えて言った。
この写真は、史花さんの一生の記念になるように、私が心をこめて撮影した。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月16日(月)
天と地
台風や低気圧がやってくるたびに思うことは、外断熱の家造りに取り組んでいて本当に良かったということだ。
外断熱が内断熱と比べていかに合理的であるかは、このような時期に工事中の現場を見ればよく分かる。水や湿気に強いポリスチレン断熱材で隙間なく囲まれた構造体は、窓とドアさえつけば台風に襲われても心配することがない。豪雨であっても「どこか雨漏りするところがあるかな?」と悠然として観察していられる。
浸入する雨に怯え、断熱材が濡れたら困るなどと心配することが
ない。ツーバイフォーのように周りを合板で張り巡らした家であっても、それだけでは気密性がないので隙間から雨水が浸入する。合板そのものも濡れると困るのだ。
濡れたり、湿気を帯びると困る材料を用いるからには、工事中の雨養生は絶対にしなければならないのに、無頓着、無関心な造り手が実に多い。住む人の幸せなど、どこ吹く風といった感じである。
万一、床上浸水をした場合を想像してみよう。床下を外扱いしている内断熱の家は、床下に泥水が浸入し、床下、壁の中に詰め込まれている断熱材をぐしょぬれにする。
水が引いた後が厄介だ。床下の泥水を除去するにも、断熱材を撤去するのにも、大工の手が必要になり、大変な手間ひまをかけなければならない。さらに、壁の中の泥水に濡れた断熱材も取り除かなければ、いずれカビだらけとなり、悪臭を発生する。
外断熱・二重通気工法で造られた家ならば、床下のダンパーを閉じてさえおけば、最悪でも泥水は染み込む程度である。水が引いたら、ダンパーを開けて風を通し、自然乾燥をさせれば済む。
その厄介さの違いは、天と地ほどの差がある。
これから建てる家に用いる断熱材は、雨に強い、湿気にも強いということを絶対条件にすることだ。そうすればおのずから外断熱工法にたどりつく。であればもう一歩進んで、二重の通気層を付加するソーラーサーキットの家を目指すといい。
梅雨時や台風シーズンに、つくづくそのありがたさを実感する。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月15日(日)
外断熱はもう過去のもの?
台風の影響を心配して、きょうの勉強会は中止した。
幸いなことに、東京・横浜ともにほとんど影響を受けずに済んだ。
台風で連休の予定が狂ってしまったせいか、当日の申し込みで体感に来られたお客様が6組あった。
そのうちの一組を私がお相手した。
20代の夫婦で、玄関を入ってくるやいなや二人が同時に声を上げた。
「うわーっ、いい感じ!」と。
一通り見学した後で夫婦は、代わる代わるこんな会話を聞かせてくれた。
午前中、住宅展示場めぐりをしてきた。どこも台風のせいか客が少なく、ゆっくり見学できた。
インテリアが気に入った家はいくつかあった。あるモデルハウスでは、エアコンがフル回転をしていた。夫婦は共に寒く感じたので、応対してくれた年配の女性に「冷えませんか?」と尋ねた。すると、「それがこれからのシーズンの一番の悩みです」という答えが返ってきた。
我々は両親とおばあちゃんと同居するので冷える家は困ると言うと、女性は「その代わり冬は暖かくて申し分ないですよ」と言った。
また、あるところで外断熱について尋ねたら若い営業マンがこんな話を聞かせてくれた。
「外断熱はもう過去のものですよ。外壁が落ちやすいとか、火事のときに猛毒を出してしまうというようなことがわかってしまい、それに学者さんたちも否定的だったので、今では特殊な人しか建てません」と。
「特殊な人って、どんな人ですか?」と尋ねると、「よくいるでしょう、何でも珍しいものが好きだという人が」と言った。
それからタマホームについて質問した。
するとその営業マンは「台風みたいなものですよ。一時は勢力を振るうけれど必ず衰える」と笑いながら答えた。
そして別れ際に、「今でしたら、かなり思い切ったお値引きができますよ」とささやいた。
夫婦は、それから30分ほど住宅展示場の様子を聞かせてくれた。そして、ご両親とおばあちゃんを伴って勉強会に参加することを予約して帰っていった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月12日(木)
暑くて眠れない
NHKテレビテキスト「きょうの健康」8月号に日本大学医学部精神医学講座教授である内山 真先生が「暑くて眠れない」を書かれている。
人間が熟睡するためには体温を下げることが必要だ。手先や足先から熱を逃がすシステムが、体内の温度を下げて熟睡に導く役割を担っている。ところが気温と湿度が高いと、そのシステムがうまく働かない。
「そこで、日本の夏の安眠対策となるわけだが、快適な睡眠のためには、エアコンのうまい利用が現実的な対策だろう。床につく前からつけておき、冷えすぎたり、寒くて途中で目覚めたりしないようにタイマー機能をうまく使うなど、快適な設定を見つけることが重要だ。『人間にとって自然が一番だ。エアコンの使用は地球温暖化にもつながる。だから、絶対にエアコンを使わずに、真夏の夜に気持ちよく眠りたい』と考える人もいる。しかし、これはちょっと無理だ」
内山先生が提案されている「快適な設定を見つけること」に消極的な人が多いものだ。そういう人は、だいたい、説明書を読もうともしない。
エアコンを上手に活用さえすれば快適な寝心地が得られる家を建てたのに、それではもったいない限りである。
「無暖房・無冷房の家に住む」山本順三著・三一書房(思ったこと・感じたこと第35回参照)を読むと、そのような家に住むことがいかに現実離れしていて、修行僧のような暮らしを余儀なくされるかがわかる。
省エネに徹した生活に励んで、体調を悪くし、病院通いをするようになったのでは何にもならない。
日本のエアコンの性能は、世界ナンバーワンの省エネ性と快適性を誇っているのだから、エアコン使いの達人になるほうがはるかに得だと思う。
ちなみに、内山先生のご専門は、精神神経学、睡眠学、時間生物学である。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月11日(水)
現場まわり-2
「久保田さんは、利休と織部との違いが分かりますか?」
「たしか学校では学んだと思うのですが、今思い出して言えることは、織部は利休のお弟子さんではあるが、利休とはだいぶ違った道を歩んでいった。でも、利休が秀吉から切腹させられたと同じに、織部も家康に切腹させられた、まあこの程度です」
「松岡さんの本が面白いのは、その違いを『ルネッサンスの利休』と『バロックの織部』として説明するところです。正に、世界の見方と日本の見方をクロスさせることで、読者を「なるほどね」と感心させるのです。
ここのところを読んでみます。
<利休のつくった竹の花入れは今も残っていますが、そういうものを見れば、利休が只者ではなかったということがわかります。一本の竹の、そのまた一節を刀で切り出す。ただそれだけのものが、400年近い年月を経ても、人々の気持ちを深くつかむんですね。竹を選び出す眼、竹を一刀両断にする決断力、そういうものには、おそらく当時の武士たちもかなわないと思ったんでしょうね。この利休を茶の指南役として登用したのが、信長と秀吉でした。
信長は「茶湯御政道」といって、家臣たちを統括するために茶の湯を利用したんです。戦争でがんばった家臣に対して、「名物狩り」で大名たちから取り上げた茶道具を褒賞として与えたり、茶の湯をやってもいいという許可を与えたりしました。秀吉も信長から茶の湯を許されて大喜びをしたという記録が残っています。
秀吉自身も政治と同じくらい茶の湯の効果を重視しています。かなり本気でのめりこんでいたようです。利休のことを家臣としてではなく、茶の湯の師匠として尊敬していた。ただし、利休の茶の湯の深さを本当に理解していたかどうかというと、ちょっと怪しいところもありました。
有名なエピソードがあって、あるとき利休が秀吉を朝の茶会に招待します。「庭の朝顔がいっぱい咲いております、どうぞ朝顔をご覧においでください」、というようなことを書状で送りました。秀吉がそれはさぞきれいだろうという気持ちで利休の茶室を訪ねると、庭の朝顔の花がことごとくちょんぎられている。だいだい武士にとっては花の首を全部切るなんて、あまりに不吉なことですから、秀吉は怒りまくってどかどかと茶室に入っていくと、なんと、ほのぐらい床の間にたった一輪だけ、それはそれは見事に朝顔が生けられていた。そんな話です。
このようなことがおそらく何度もあったんでしょう。一国の天下を治めた秀吉が、一介の茶人である利休に頭が上がらない、翻弄されてしまう。秀吉はだんだん利休を憎みはじめ、とうとう利休を切腹させてしまいます。>
「秀吉は、利休に嫉妬したのですね」
「そのとおりだと思います。松岡さんは利休の茶は正円の世界だと言うのです。茶の湯の精神という一つの焦点だけを極めていったものだと。織部のほうは、ゆがみやひずみをもった楕円の世界だと松岡さんは言います。まさに「バロッコ」(ゆがんだ真珠)なのだと。
利休が求め続けたものは、豪奢やおごり、傲慢といったものを嫌い、一切の妥協を許さず侘びに徹した精神世界。それは、俗物の象徴である秀吉とはまったく異次元の世界でした。
対極にいる二人が、ある朝の茶席で向かい合う。茶席という小宇宙の中心に飾られた一輪の朝顔を介して交わされる情念のやりとりは、白刃を切り結ぶよりも恐ろしさを感じます」
「女では絶対にかもし出せない緊迫感ですね。狭い茶室で、時の絶対的な権力者と向かい合って、いささかも手元に狂いを生じないでお茶を立てる利休の姿を想像すると鳥肌が立ちます」
<利休も織部も、茶の湯によって新しい価値観を世の中に登場させ、それによって天下一を極めました。けれどもそれは命がけの生きかたでもあったというべきです。
それにしても職人や茶人が、権力者を恐れさすほどに新しい価値観を持ち出し、そのことによって命を失うこともあったなんて、たいへんなことですね。それほどにこのころの文化というものは、政治や経済を震撼させるほどの力を持っていたわけです。>
「そこにいくと、外断熱、内断熱の対立などは温泉につかって鼻歌を歌いあっているようなものでしょうか。主張が間違っていても切腹させられることはないですものね。
私は想像するのですが、織田信長の前に出て、西方里見さん(「外断熱が危ない!」の著者)と論争を求められたらどうなるのかと。信長の判断一つで、場合によっては切腹させられるかもしれないのです。人様の一生の幸せを左右する家造り、その急所である断熱の方法を誤ったら切腹も仕方がないですよね。
さあ、信長が聞くのです。
『おぬしらは、どちらの方法が正しいというのか!』と。そこで理屈を捏ね回し、うだうだ言っていると信長はそれをさえぎり、
『おぬしらに聞く。内部結露や雨漏りで家が腐ったとした場合、何年間無料修繕を約束するのか?』と問いただす。
私はためらいもなく50年と答える。西方さんは『法の定めるところに従い10年間でございます』と答える。
すると信長の眉間に縦じわがよる。
『不心得者めが。法の定めとは最低の基準じゃあ。それに甘えて臆面もなく10年とは情けなや。10年しか保証できないのであれば、それは方法そのものに間違いがあるというものよ。これからは外断熱に決めたわ』
見事な捌きです」
久保田さんは大笑いした。
「ところで久保田さん。松岡さんはこんなことも書かれていますよ。
<これはとても大事な歴史的事実なので、よく覚えておいてほしいのですが、人間の歴史は古代このかた長いあいだ、本を読むときは声を出していたんです。つまり本は音読しかできなかったんです。みんな文字を読みながら声を出していた。ぶつぶつ言いながら本を読んでいた。それがグーテンベルクの活版印刷以降、だんだん黙って本を読むようになったんです。これは文字から声がなくなっていったということをあらわします。それによって読書のスピードは格段に上がりました。しかし他方、古代以来の「声の文化」がしだいに薄れ、かっての語り部の頭の中にあった劇的なものと違った読み方の社会が生まれていったわけです。だから私は、みなさんが一ヶ月か三ヶ月に一度くらいは音読して本を読むことをお勧めします。>と。
たしかに、いい本は音読したくなりますよね。
住宅本の中で音読したくなる本がありますか?」
各現場とも、工事は順調に捗っていた。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月10日(火)
現場まわり
今日は久保田さんと現場まわりをした。
久保田さんに同行してもらうといろいろとメリットがある。
一つは、運転をしてもらえること。
二つは、異なる感受性(お客様の立場)で現場を見てもらえること。
三つは、朗読だ。
お互いが気に入った本の一部を朗読して聞かせ合う。
今日は私が聞かせた。
「久保田さんの長男は17歳ですよね。こんなタイトルの本を読んだのですよ」
私は「17歳のための世界と日本の見方」松岡正剛著(春秋社)を見せた。
「この本を買うのにずいぶんためらいを覚えたのですよ。だって、17歳のためという年齢制限が付けられているのですからね」
「確かにそうでしょうね。私だってためらいますわ」と久保田さんは同調してくれた。
「しかし、読んでよかったです。読まなかったら大損してしまうところでした」
「松岡さんって、どういう人なのですか?」
「1944年に京都に生まれた人で、編集工学研究所の所長さんだそうです」
「編集工学って、どんなものなのですか?」
「一言で言うと、新しい関係を発見していくということだそうです。
説明しているよりも、この一説を読んでみましょう。
<キリストというのは救世主という意味ですから、もともとそれがイエスのことを特定していたとはかぎりません。ところがイエスの死後、「キリスト=イエス」であるということ、しかもなんとイエスは死んでから三日後に蘇ったのだということが、パウロによって明確に強調されていくことになるのです。パウロの驚くべき宗教編集術が発揮されたんですね。パウロがどのようにキリスト教というものを編集していったのかというと、ユダヤ教ではあくまで神の言葉である「律法」を重視していたのを、パウロは、神の子であるイエス・キリストの教えを守ることこそが神への道であるとしました。その根拠として、イエスはすべての人々の罪を贖うために十字架で死んだということ、しかも三日目に復活したということ、それは父なる神がイエスの贖罪を正しいありかたとして認めた証拠などだということ、こういうことを次々にあげたんです。
そしてだからこそ、イエスを信仰することによって、誰もが罪や苦しみから解放されるのだと説いた。このロジックが非常に人々の共感を得ました。大ヒットした。>
「そうですか。松井さんがパウロのようなお弟子さんを持たれたらすごいことになりそうですね」久保田さんはいたずらっぽく微笑んで見せた。
「ということは、断熱論争の結果私が磔となる、ということですかね」
二人は大笑いした。
その後で、私は現場と現場の移動の間に、気に入ったところを朗読した。
この続きは明日。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月07日(土)
最高裁判決に拍手!
今日のT邸の契約には、Tさん夫妻と、同居する娘さん夫妻の4人が立ち合われた。
契約が無事終わって、奥さんが話された。
「久保田さんの本を読んだおかげで、こうして契約することが出来ました。そう言ってはなんですが、松井さんの本はちょっと難し過ぎて。久保田さんの本は分かりやすく、おもしろく、とてもためになりました。その前にいろいろな本を読んでいたのですが、勉強会に参加してみようと思わせてくれたのは久保田さんの本でした」と。
娘さんの話である。
「知人から聞く話では、大手ハウスメーカーさんはとにかく契約を急がせるそうです。しかし、マツミさんはこんなに時間を掛けてもいいのだろうかと心配になるほど、じっくりと相談に乗ってくれました。
それをとてもありがたく思っています」と。
Tさんが話された。
「Mホームでアパートを建てたことがあるのですが、メンテナンスが悪いので困りましたよ。屋根から雨漏りがするのに点検には来ないし、10年保証を持ち出すと、屋根は保証の対象外だと突っぱねるし、あんな会社が家造りをしていいのですかね」と。
「思ったこと、感じたこと」の第4回目に「建てる、売る、逃げる」がある。併せてお読みいただきたい。
明らかに責任を負わなければならない欠陥であるのに、10年以上をかけて最高裁まで争う造り手もいる。そんな造り手を震え上がらせた6日の最高裁判決に拍手喝采をしたい。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月05日(木)
スウェーデンハウス

S邸の上棟が無事終わった。
Sさんご一家は、昨日スウェーデンから戻られたという。医師であるご主人が学会に参加されている間、奥さんはストックホルム郊外の知人の家で過ごされていたそうだ。
今が一番いい季節なのだが、雨が降り続くと朝方は冷え込むのでキッチンのオーブンに火を起こして暖をとっていたという。
ご主人が、「日本にもスウェーデンハウスがありますけど、どうなのでしょうかね。スウェーデンは緯度からしたら樺太よりずっと上ですものね。私は友人に教えられて、『「いい家」が欲しい。』を読んで、日本の気候特性にはこの家だと直感しました」と話された。
そこへ2年前の7月にマツミの家を近くに建てられたご友人のYさんがいらっしゃった。
「うわーっ、いいなー。上棟のこのシーン。本当に美しいですね。思い出しますよ、我が家の上棟を。このシーンは今日だけしか見られませんから、心行くまで見ておくといいですよ」
すると奥さんが話してくれた。
「Y先生が、とにかく住み心地がいい家ですよ、とお会いするたびに自慢されるものですから私たちも建て替える決心をしたのです」と。
実際に住んでいるお客様の証言ほど説得力を発揮するものはない。
お二人の医師は、マツミの家づくりに心から信頼を寄せて下さっている。
本当にありがたい。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月03日(火)
地鎮祭の思い出
地鎮祭が終わって、Kさん夫妻が感慨深げに話された。
「ちょうど1年前の今日でしたよ、勉強会に参加したのは。あの日も暑かったです。私たちが座ったすぐ側にプロジェクターがあって、かなりの熱風を吹き出していました。松井さんが気にかけられて、熱風が私たちの方にかからないように工夫してくれましたが、2時間以上が過ぎても体感ハウスに入ったときに感じた快適さがそのまま続くのに驚かされました。勉強会をしている部屋に、エアコンがついていなかったのですから。
私たちが松井さんの本を読んだのは、その半年ほど前で、その頃は住宅展示場を回り歩いては、どこに頼むのが良いものやらと悩み続けていました。
思い切って勉強会に参加して、私たちは松井さんと久保田さんを目の当たりにし、お話を聞いて決心したのですが、同居を予定している娘夫婦の意見も聞かなければなりませんでした。
娘たちは長津田体感ハウスへお邪魔し、久保田さんの話を聞いて納得し、こうして地鎮祭の日を迎えることができました」
続いて奥さんが言われた。
「地鎮祭の準備にすごい意気込みのようなものを感じるのですが、松井さんのお考えがあってのことなのでしょうね」と。
「確かにそのとおりです。でもこれは、監督と設計士たちの心構えだと言えるでしょう。絶対にいい家を建てるぞという」
実は、久保田さんも同感なのだが、私は地鎮祭の準備に迫力を感じることがよくある。今日もそうだったが初めてお付き合いする神主さんが、「ここまでしっかりと準備をし、気働きよく手伝ってくれる工務店はない」とほめてくださる。
ここまでなれたのは、最初の地鎮祭で、穴があったら入りたいような大恥をかいたことが役立っているからだ。
そのとき、お客様の面前で私は神主さんから厳しく叱られた。
思い出すだけでも冷や汗が出るほどに。
振り返ってみれば、恥をかき、叱られることはありがたいことだ。
その神主さんは亡くなられて、二代目さんとのお付き合いが今も続いているが、地鎮祭のたびに懐かしく思い出す。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月02日(月)
「いい家」は外断熱で建てる!
「次の本を書いてみないか」という誘いを、いろいろなところから受けている。
私は物書きではない。「いい家」を造りたい、「いい家」に住んでいただきたいという一心で本を書いたのだ。
だから、〔「いい家」が欲しい。〕をリニューアルし続けるならば、それでいいと決めてきた。
だが、批判本があまりにも増えすぎている。このままほっておくと、批判のほうが正しいかのような印象が濃くなりそうだ。外断熱を採用する造り手が増えて、ニセモノ的な外断熱が目立つのも確かだ。ダイワハウスが外断熱を始めたこともある。
このあたりで、批判を真っ向から受けて立ち、本物の外断熱の家のすばらしさを書きたい、という思いが日ごとに強まってきている。
何よりもじっとしていられないのは、「いい家」モドキに引っ掛かってしまう人が続出していることだ。
これからブログが休みの夜は、本を書くのに精一杯なのだなと思っていただきたい。
次作のタイトルは、〔「いい家」は外断熱で建てる。〕にしよう。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年07月01日(日)
声は人なり
今日の勉強会は女性が多かった。
皆さんが好意的な姿勢でいてくださったので話しやすかった。中に妊娠9ヶ月という方がいたのだが、とても熱心に聞いてくれていた。
たまに、反発的な姿勢の人がいるとその理由を詮索して話の調子が狂ってしまうことがある。
しかし、反発的に見える人が個別相談を受けると別人のような気さくさを示してくれる場合がある。そして短期間で契約にたどり着いたりする。
大きくうなづいて、笑顔を絶やさず聞いてくださる人が意外にあっさりと帰ってしまう場合もある。
何年やっていてもお客様の本心を見分けることは難しい。
玉川学園中等部時代の恩師である森久保安美先生のご著書に「小さな言葉の大きな力」(東洋館出版社)がある。その中に「声は人なり」という項があってある老妓の話が紹介されている。
「人間の持ちものの中で一番正直なのは声ですよ。言葉となるとうそが付けるし、顔つきや姿や身なりやお金や身分などからは、こちらが気迷いを起こしやすい。声だけはゴマかしようがありません。その人に会う前にフスマのこちら側に気をしずめて座ってその人の話ではなく声だけを聞いていると、人がらから身分の高下、教育の程度、仕事の種類、健康の状態、ふところに金のあるなしから、果ては色恋の相手として自分と合う人かどうかまでわかります」
森久保先生は、「プロとはいえ、空恐ろしいことである」と書かれているが、まったく同感である。
そのようなお客様が来られたら、緊張のあまり声が出なくなってしまいそうだ。
カテゴリー: 投稿者 :松井









