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2007年09月30日(日)
自分自身への言葉
今日の勉強会も満席で、熱気にあふれていた。
6ヶ所の打ち合わせテーブルは、個別相談を希望するお客様でいっぱい。
あるお客様が、「いい、悪いをこれだけ明確に、納得させてもらえることは実にありがたいことです。ぜひともマツミの家を建てたい!」と言われた。
その言葉に責任の重さを痛感する。
今日契約されたMさんは、「二冊の本を全面的に信頼しています」と言われた。
お客様が帰られてから、社員に言った。
「なあ、みんな。お客様のご期待に背くようなことは絶対にするなよ!」と。
それは自分自身への言葉だった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月28日(金)
久保田さんの本との出会い

上棟が3日続いた。
今日は、契約と地鎮祭とT邸の上棟。
Tさんはこんな挨拶をされた。
この敷地は、ご覧のように東南の角地で日差しを遮るものが何もありません。真夏の暑い盛りに基礎屋さんが汗びっしょりになって仕事をしてくださっていたことに心から感謝しております。
また今日は残暑が格別で、そんな中、こんなに見事な上棟をしていただき、本当にみなさんご苦労様でした。
定年退職を迎え、建て替えることを決意したのですが、今までの家は、夏は40度、冬は0度になる日もありました。とても住み心地の悪い家だったのですが、木造住宅というものは、そういうものなのだろうとあきらめていました。
ですから住宅展示場を見歩いて、地震に強いという軽量鉄骨の家にしようと決めかけていたのです。そんなときに、久保田紀子さんの本に巡り会いました。
久保田さんは、木造の家の住み心地の良さを書いています。
本当だろうかと思ってマツミさんの体感ハウスを訪れたのです。すると、空気がまろやかで、気持ちがよくて、本当に素晴らしかった。
冬と夏に季節を変えて体感して、この家にしようと決心しました。ところが、娘夫婦との二世帯という話が持ち上がったのです。そこで、マツミさんで建てるということを条件にし、間取りなどは娘夫婦に任せることにしました。
娘夫婦も体感ハウスを見学に行き、マツミの家にぜひ住みたいと。その後何回か打ち合わせを体感ハウスで行ったのですが、帰宅すると家族のだれもが「不思議だね、あの家は。なぜあんなに気持ちがいいのだろう」としきりに言うのです。
その家がこうして目の前に建ち上がったわけで、本当に嬉しいかぎりです。
久保田さんの本と出会えたことに心から感謝しています。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月26日(水)
カラマツブームの光と影
NHK衛星第1は、今夜11時40分から「北海道産カラマツブームの光と影」を放映する。
マツミハウジングが取材に協力したのは、「カラマツ」を「輸入材」や「国産材」に置き換えたとしても同じように影となる問題があり、それを広く知ってもらいたいためである。
影の部分とは、伐採に見合う植林がされず、持続可能な森林の育成管理をする林業が危機に瀕しているという状況である。
カラマツが割れやすく「厄介な木」とされていたのが、革命的な乾燥方法の開発により「売れる商品」となったのは、良くて安いからだ。もしも、当初に持続可能な管理にかかる費用を上乗せしていたら今のブームはなかったことだろう。しかし、良いものはそれ相応の価格であっても必ず需要がある。
カラマツに限らず、良質の国産材の生産に携わる方々よ、この番組を梃子として林業再生のために必要な費用を上乗せし価格を上げることだ。
そして、大手ハウスメーカーは、ホワイトウッドのような輸入材の使用を止めて、国産材に切り替えるべきだ。
家づくりに携わる者はだれもが山の大切さを主張し、林業の育成を声高に説く。しかし、それに要する費用を負担しようとはしない。
それではいつまでたっても問題は解決しない。林業は衰退するばかりだ。
この番組が、一人でも多くの人に林業の影の部分を知ってもらうのに役立つものであることを願いたい。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月25日(火)
NHK衛星第1で放映
8月27日にマツミの家のブログでこのような紹介をした。
「この日はNHK札幌放送局の方が『北海道産の唐松集成材』の取材に来ました。当社が採用している唐松の構造用集成材を追って取材をしているそうです。北海道の林業の現実、そして唐松が構造用集成材として建築用の木材として注目を集めてきた様子。これからの北海道の林業や産業をテーマに取材を重ねているそうです。
明日は、江戸川区の現場にて上棟の様子を撮影する予定です。放送は9月7日 19時30分からの予定です。残念なことに北海道のみの放送となりますが、もし機会があればご覧になって下さい」。
http://matsumi.com/blog01/?m=20070827そのダイジェスト版が、明日の夜11時40分からNHK衛星第1で放映されるとのこと。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月24日(月)
ビルのデザイン−1

スキポール空港から高速道路を走り、アムステルダム市街への出口にさしかかると「オオッ!」と思わず声が出てしまうデザインのビルがたっていた。
2000年に竣工したING銀行である。設計は、当時は無名に近かった二人の若手の建築家、メイエルとファン・スホーテンと聞いた。
イギリスのヒースロー空港からロンドンに向かう道沿いには、船の形をしたビルが建てられているが、いずれもデザインの力に圧倒される。
外皮が二重のガラス構造になっている。外側通気層の空気の流れを利用して、省エネ化を図るのだが、ドイツのドュッセンドルフでも見られた。
ガラスのビルの温熱環境が、そうすることでどのように改善されるのか、一度体感してみたいと思った。

ドュッセンドルフのビル。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月23日(日)
オランダの魅力
横浜での勉強会は盛況だった。
終わってから社員たちと夕食を共にした。
みんな私のブログを楽しみにしているという。
現在、久保田さんが視察の内容と写真の整理をしてくれている。
それが出来上がったら、どんどん写真を紹介する予定だ。
司馬遼太郎は「オランダ紀行」の中で、「人間の偉大さを知りたければ、オランダに来るべきとおもったりした」と書いている。
私は、海面下につくられた駐車場にポルシェが沈んでいくのを目の当たりにしたとき、オランダの魅力にはまったと感じた。その感じが、日ごとに強まるばかりの旅だった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月22日(土)
いい家だ!
寒くもなく、暑くもなく、設備は申し分ない。
つまり快適な環境を当たり前として暮している者にとって、海外旅行には耐え忍ばなければならないことがいくつかある。今回も痛感したことが三つある。
一つは、飛行機とホテルの空調である。
はじめて飛行機に乗った人はきっと驚くに違いない。「涼しい」をはるかに通り越して寒さが身にしみる。
ひざから下が痛くなる。
ルフトハンザの行きの寒さは異常なほどに厳しかった。
一人旅ならクレームを申し出たのだが、隣には久保田紀子さんがいる。
最初から文句をつけたりすると、先が思いやられては困ると思い我慢していた。
それでも寝入って、ふと目覚めると久保田さんが毛布の上に新聞紙を広げて寒さに耐えていた。
アムステルダムは、大きな催しがあってホテルはそこしか取れないということだった。「そこ」とは、五つ星の有名ホテルである。
部屋に入ったとたん、冷房のきつさに体がすくんだ。スイッチ盤の表示は22度となっている。
「このままスイッチを切ったら寒くてたまらない。温度を上げて暖房しよう」
そう思って、▲を押し続けるが24度以上に上がらない。北緯55度近くにある立地条件の特殊性なのだろうか。
24度の表示を見ていると、不快な思い出が蘇ってきた。
それは真夏のマイアミでのことだ。フライトの予定が6時間も狂ってしまいホテルに入ったのは夜中だった。
「ウーッ、寒い!」
持参の温度計で計ると室温は24度。
それでもエアコンは、冷風を噴出しまくっている。
スイッチを止めて数時間しても、温度は1度も上昇しない。たぶん、ホテル自体が24度に冷え切っていたからだろう。
夜中に、バルコニーに出て体を温めた。
マイアミからニューオーリンズにかけて住宅を見て歩いたのだが、訪ねた家は24度設定で24時間空調が当たり前だという。
話をしていると15分もしないうちに、ひざから下が痛み始めるのだった。その痛みを思い出すと、フライトの疲れがどっと出てきた。
二つ目は、ホテルの寝具だ。
ベッドの硬さやスプリングの具合は文句が言えないが、掛け布団については言いたくなる。
「何で、こんなに分厚くて重いのだ!」と。
ギンギンに冷えた状態ならちょうどよいのだろうが、快適なコンディションであるなら寝苦しくてたまらない。
掛け布団の配慮のなさは、日本のホテルも同じところがほとんどだ。
最後になったが、トイレに関する悩みは尽きないものだ。
便座の冷たさにはいつもうんざりさせられる。五つ星だからといって、温かいわけではない。
大きさと高さについてもだ。尻のおさまりが不安定で、両足が爪先立つようでは最悪だ。オランダ人の平均身長は世界一高いせいか、小も大も便器が高い。あるレストランでは、小便をするのに精一杯つま先を立ててもやっとというところもあった。
ところで、なぜ「そこのホテル」と呼ぶのか?
名前の公表を憚りたくなるほどに、ホスピタリティー(もてなしの心)がまるでないからだ。
だが、ウォッシュレットが設置されていた。それは私にとって宝物と同じ価値がある。いろいろと不満があったけれども、その一点で、ホテルの紹介者に感謝した。たぶん、オランダではそこのホテルにしか設置されていないと思う。
帰国して、真っ先に体感ハウスの様子を見に行った。
ドアを開けて深呼吸をした。空気が実に気持ちよかった。猛暑だったというのに、そこには程よい涼しさがあり、旅先のどこでも感じることがなかった快適さがあった。
「いい家だ!」
私は心底からそう思って、思わず「ありがとう!」と言った。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月21日(金)
無事帰国
駆け足ながらも、内容の濃い視察旅行ができた。
高気密・高断熱化による省エネの家造りは、オランダもドイツも日本と同様に1973年のオイルショックをきっかけとして始まった。
両国では17年後の1990年には、最近わが国のトップランナーたちが取り組んでいるような無暖房住宅やゼロエネルギー住宅の建設が始まっている。
ということは、スタートはほぼ同じでありながら、省エネという点では15年ほどの遅れを取っているということである。
それをもって、切歯扼腕している人たちがいる。
「ドイツでは年間暖房費が15kwhを目指しているのに、日本では・・・」と。
しかし、あわてることはない。うらやましがることもない。
地震国であり、台風の通り道でもあり、梅雨があり、高温多湿、低温少湿という極めて厳しい自然条件の下では、住む人が納得し、喜んでくれる家造りには、ユニークで無理のない発想が求められる。
今回の旅行で確認できたことは、マツミの家造りがサスティナブルという点からも、省エネという点からも間違いのない方向に進んでいることだ。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月20日(木)
ミュンヘンまた会う日まで!

本日も快晴。
ミュンヘンはオクトーバーフェストというお祭りが開催されているので、街の中は大変な賑わいになっている。
マルクト広場は、お人形が踊るので有名な時計塔が修繕中なのだが、それでも一目見ようとする観光客であふれている。
我々は、市庁舎建物の中庭にあるレストランで、セルフサービスの昼食をとった。ホックリとゆでたじゃがいもがとてもおいしい。


今朝の外気温は、7.8度。
もう完全に冬。最近では郊外でもマイナス15度ぐらいまでしか下がらないそうで、ミュンヘンも温暖化しつつあるようだ。
さて、もうまもなくホテルをチェックアウトする。
今回の旅行でお世話になった人たちに、心から感謝申し上げたい。
多忙の中で、時間を割いて熱心に講義して下ったデルフト工科大学のダイベスティン教授、ビタ・ヨンカー先生、ヘルデ・フィリス教授。フラウンホーファー研究所の田中絵梨さん。水車守りのコックさんをはじめ、家の中を案内し、貴重な生活体験を語ってくださった人たちには特に。
オランダでパーフェクトな通訳をつききっりでしてくれた正木麻紀さん、そして心からもてなしの精神で
最高の視察旅行を企画してくれた吉川麻里子さんに格別の感謝をしたい。
もう一人、ドライバーのサンダーさんにも。そうそう、ホテルオークラの森さんにも。
皆さん、本当にありがとうございます。
カテゴリー: 投稿者 :松井
ミュンヘンのフラウンホーファー建築物理研究所

フラウンホーファー建築物理研究所を訪問。
省エネ性能の向上と、住み心地の相関関係について意見交換をし、外断熱・二重通気工法に関する共同研究を申し入れた。
数々の示唆をいただき、今回の視察旅行の締めくくりができた。
現在のわが国の家造りのレベルは、オランダ、ドイツと比べて決して劣ることはない。学ぶべきところは数々あるが、無暖房住宅とか、200年住宅を目指すことが必ずしも良いことではない。
大切なことは、住む人の幸せを心から願う家造りに徹することだ。そうすれば、必ず世界で一番住み心地の良い家を実現できる。
そのためのベターな断熱の方法は、「外断熱」であることは議論の余地がない。
外断熱こそがスタンダードであり、内断熱(充てん)は補助的であるべきものだ。
3年以内に、「マツミの家」は世界に誇れるものになっているだろう。
明日、ミュンヘンから成田に飛び立つ。
23日の日曜日は、横浜で勉強会が開かれる。

コンクリートの劣化に関する経年観察

外断熱に関する経年観察。左側の人が研究所の田中絵梨さん(熱・湿気部門の研究家)、右側は久保田紀子さん。
今回の訪問は、久保田さんが田中さんにコンタクトを取って実現してくれた。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月19日(水)
ミュンヘンにて

アムステルダムのスキポール空港を飛び立って約1時間半でミュンヘン空港に着いた。
ホテルに向かう途中、タクシーの車窓から見る木々の一部は早くも紅葉しかけていた。
オランダよりもだいぶ南に位置するのに、ミュンヘンの方が寒い。
小雨降る午後3時の外気温は、12度、湿度80%。
道行く人はコートやセーターをまとい、すでに冬支度だ。
ミュンヘンには8月にも来ているのだが、そのときは暑かった。
日本とは違って夏は足早に過ぎ去り、すでに秋の気配が深まりつつある。
明日は、最後の訪問地であるフラウンホーファー建築物理研究所に向かうことになっている。

ミュンヘンで購入した内外温度計。外の温度を無線でキャッチする優れものだ。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月18日(火)
オランダ住宅視察−3

午前中、アーメルスフォールトにあるソーラーパワー住宅団地「ニューランド」を見学。
今から20年ほど前に、市は5000軒の住宅団地を建てることを決定した。
基本方針はサステナブルの実現にあり、しかも、それまでの住宅よりも価格を安く抑えるというものだった。それにも拘らず、全戸に太陽光発電を採用することが求められていた。
プロジェクトに参加した不動産業者をはじめ、設計士、建築会社は、サステナブルよりも自分たちの利益を確保することを期待した。
そこで市は、サステナブル社会の実現を提唱するデルフト工科大学のダイベスティン教授を招き、プロジェクトの総合指揮を依頼した。教授が何よりも大切に考え努力したことは、仕事に携わる人たちの意識改革、すなわち、サステナブルの考えを理解させることだったという。
当時は、批判的で、目先の利益に走ろうとする人たちが多かった。
教授は、4年近くもかけて意識改革の徹底化を図った。それなくしては、プロジェクトの成功はないと。
我々は、ダイベスティン教授から相対でレッスンを受けてきたばかりなので、感じるところが大いにあった。
説明をしてくれたのは、ビタ・ヨンガーさんといって、サステナブルの研究者の一人である。
プロジェクターを用いながら、計画の細部にわたって話してくれた。
「大切なことは、将来の子供たちに、何を知っていたかではなく、何をしたのかを明確に答えることなのです。
コンピュータシュミレーションで100年後の状況を熟知しながら、ただ温暖化を憂え、環境共生を唱え、していることは経済的レースの勝者となること、より快適な暮らしを求めることではならないのです」
「少し、厳しい言い方かもしれませんが」と、ヨンガーさんは付け加えた。
1時間半ほどをかけたレクチャーが終わってから、団地の中を見て歩いた。すでに住んでいる人の家も案内してくれた。

すべての家に太陽光発電が設置されている。屋根一体型や壁面利用、ひさし取り付けなど、様々な工夫がされている。
道路には、発電状態をリアルタイムで表示する装置があり、住人は散歩や買い物のついでに、団地全体の発電量と消費電力を確認できる。
家の中には、パソコンの画面上で、数秒単位で変化する電力状態をモニターできるようになっている。昨日は、今日は、一年間では、といったことがマウスの簡単な操作で家族全員が確認できる。
サステナブル、すなわち、持続可能な社会での生活について、住人たちは誇りを持って楽しんでいるように見えた。

午後からは、アルペンアンデラインへ移動し、エコロニア計画で造られた100軒の団地を視察した。1990年、オランダ政府は、サステナブルにより合致する省エネの方法、内装の質、建築資材、そして健康に配慮した家を建てる計画をした。選抜された9人の建築家たちに断熱、暖房、換気、屋根緑化などそれぞれの方法についてアイディアとデザインを競い合わせ、当時の先進の技術とアイディアをふんだんに盛り込んだ。

そこは、ダイベスティン教授の右腕とも言われているデルフト工科大学客員教授であるヘルデ・フィリス先生が監督された。その方が、自ら小雨降る寒い中、失敗談を交えながら親切丁寧に案内してくださった。
当時は斬新であったことが今では日本でも当たり前に実践されている。それだけに、マツミの家の20年後の姿を想像し、考えさせられるところがたくさんあった。
ちなみに、二つの団地とも、寿命は50年を目処に企画されたという。
日本では、「200年住宅」という提案が唐突に持ち出されているが、私の話にフィリス先生はただ肩をすぼめて、「おー」と発したのが印象的だった。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月17日(月)
オランダ住宅視察−2


昨日は、世界遺産を二つ見に出かけた。
一つは、ユトレヒトにあるシュレーダー邸で、リートフェルトの作品だ。
もう一つは、キンデルダイクの風車小屋群である。
シュレーダー邸についての感想は後日書くことにして、まずは風車小屋を見て思ったこと、感じたことを書いてみたい。

私たちは、そこでコックという人に出会うことになり、彼から直接風車小屋にまつわる数々の話を聞くことができた。
彼は、NHKテレビの世界遺産シリーズで取り上げられているという。
風車は木造レンガ積みで、構造材はフランスから運んできた樫の木だそうだ。回転軸には、高さが10メートルぐらいで二抱えもある巨木が用いられていている。
風車小屋はどこから眺めて絵になって、のどかな田園風景の象徴のように見える。
しかし、かってはそこで家族が暮らしながら風車の維持管理をしていた。
冬になると川は凍って、吹きすさぶ冷風は容赦なく小屋を攻め立てたことだろう。
調理台はストーブのように薪を燃して熱源とする。その余熱で夜中の温度を維持することはとても不可能だ。薪をくべ過ぎて寝入ってしまい、火事になった小屋もあるとのこと。
トイレは外にある。真冬の夜中、用足しに出るには相当な覚悟が必要だ。そこで、ベッドの奥には尿瓶の置き場がある。
私は、コックさんに見習ってベッドに寝かせてもらった。子供用の二段ベッドの上段のようで、体を真っ直ぐにすることも、夫婦が互いに寝返りを打つことも難しいほどの狭さだ。足元の棚の上は、赤ちゃんのベッドになっていて、その下の奥まった所に尿瓶置き場があった。しばらく目をつむって、小屋守りの暮らしを想像した。
司馬遼太郎の「オランダ紀行」の一節を思い出しながら。
この国のひとびとは、堤防をつくって内側の土地を干拓し、干拓地に運河を掘って地面を乾かし、さらに運河の水を排水するポンプの動力として風車を利用してきた。この国を歩いているかぎり、私どもが見、ふれている地面はことごとく過去のオランダ人がつくったものである。

オランダは海抜がプラスの数字になるところはほんのわずかな面積しかなく、ほとんどはマイナスである。低いところでは海面より4.5メートルも下がっているそうだ。
だから、オランダの人々にとって19世紀までは、風車群は必死の産物であり、命を賭けた風景であったと思われる。
「ここにある家具だがね」
と、コックさんは隅に置いてあったテーブルを引き出した。
「家具の材料を虫が食っていることがあるんだよ。ほら、表面に小さな穴がたくさんある。この虫が、構造材に移り住んでしまうと厄介なことになるんだ。
ほら、あそこの梁の隅を見てごらん。あんなにやられてしまっている」
維持管理で一番厄介な問題は、木を侵食する虫であるとは考えさせられることだった。
マツミノ家でも同じようなことが数件起きているからだ。
東南アジアで作られた家具は特に注意が必要だ。
コックさんは、小屋の構造をホゾ、仕口で組んでいることを盛んに自慢した。
「あなたは、どのように作っているか?」と質問する。
日本の家も同じように作られていると答えると、すかさず質問してきた。
「木は、何を使っているか?」と。
コックさんにはヒノキがどのような材なのか理解できない。
彼は、ついてこいと外に出た。
「この小屋は、私の宝物でいっぱいだ」と説明しながら、数本の木材を取り出して言う。
「このような堅い材で、木目がこうでなければダメだ。節がこんな具合にあるものもダメ」と、熱弁は尽きなかった。

実は、後から知ったことなのだが、コックさんとの出会いは母の看護をして下さっているYさんの娘、吉川麻里子さんの計らいだった。
麻里子さんは、普段からコックさんとの付き合いを大切にしている。風車小屋の入り口の壁に、風車群の維持管理に役立てようと寄付金箱が取り付けてある。
それは麻里子さんが手作りしたものだそうだ。
土手の上を自転車に乗って偶然のようにコックさんは現れた。近づいてくる自転車に向かって麻里子さんが駆け寄る。
「コックさん、来てくれてありがとう!」
彼女は、小躍りして喜ぶ。その姿を見ていると、親元を離れて7年間、異国でひたむきに仕事に取り組んできた様子がよくわかる。
観光案内のサービスの一つと言ってしまえばそれまでのことだが、お客様になんとしても喜んでもらおう、満足してもらおうとする心意気に胸打たれる思いがした。
オランダ視察旅行は、私の意向を汲んで吉川麻里子さんがすべて組んでくれた。
住宅視察旅行としては、実に内容が豊富で、毎日がエキサイティングであり、かって体験したことがない最高レベルのものになっている。
明日は、午前中にアーメルスフォールトの「ソーラーパワーの家」を見学し、午後からユトレヒト大学の建物を視察する予定だ。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月15日(土)
オランダ住宅視察−1
オランダのアムステルダムは朝晩の冷えが10度前後に下がりつつある。
まだ紅葉には早いが、多くの木々がその準備を始めているように見える。
昨日は、「サステナブル理論」の権威であるデルフト工科大学のダイヴェステイン教授のプライベートレッスンを受けることができた。

(先生の部屋で。広角レンズの効果で先生が大きく撮れている。でも、オランダ人は背の高い人が多い)
3000戸の住宅をこの場所に建てる計画です。
最初に企画されるべきことは、いかなるものであるべきでしょうか?
教授の質問が飛ぶ。
景観が最初にあって、その後に目指すべきは上質な住み心地の実現です。
「グッド。しかし、住み午後はサステナブルの一部でしかありません」
そんな調子でレッスンは進んでいくのだが、少しでも疲れた様子を見て取られるとすかさずにコーヒーがビスケットとともに運ばれる。
それがおいしくて、二時間の講義はあっという間に終わった。
12月の初旬には日本に来られるという。
ちなみに、積水ハウスはこんな看板を現場に高らかに掲げている。
積水ハウスのサステナブル宣言
持続可能な社会と企業を経営するサステナブル宣言をする。
2010年までにお客様とともに住まいの二酸化炭素炭素排出量を20%削減する。
全新築住宅で高効率給湯器を標準採用
太陽光発電システムも積極展開。
光熱費削減コンサルティングの展開
私が急遽オランダを訪ねることにしたのは、96才になる母の介護をしてくださっているYさんとの会話がきっかけだった。Yさんには二人の娘さんがいて、次女がオランダで観光案内の仕事をしていると聞いた。
その瞬間に、直感が働いた。
その娘さんとコンタクトを取ると、私が模索しているこれからのマツミの方向性を掴むきっかけが得られると。
それからは、いい縁が連続してドイツのフラウンホーファー建築物理研究所訪問も実現することになった。そこで久保田紀子さんに同行をお願いし、12日に成田を発った。


デルフト工科大学の図書館。上の写真は側面から、下は玄関側から撮影した。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月09日(日)
ロマンチック街道−9

ネルトリンゲンからノイシュバンシュタイン城のある街シュバンガウに行く途中に、世界遺産に指定されているヴィース教会がある。
草原の真っ只中にポツンと建てられていて外観が実にシンプルなので、何も知らないで通りがかったとしたら立ち寄らないで見過ごしてしまうかもしれない。
「旅のお方よ、ちょっと中を見られるといい」と、村の古老に誘われて立ち寄ったとしよう。
ドアを押し開けて一歩中に入った瞬間に、間違いなく誰もが息を呑む。そこには、この世のものとは思えないほどに華麗なロココ様式の装飾が、正に天から降り注ぐ宝石のように光り輝いているのだ。
以下はウィキペデイァからの引用である。

1738年、ある農家の夫人がシュタインガーデン修道院の修道士が彫った「鞭打たれるキリスト」の木像をもらい受けたところ、6月14日このキリストの像が涙を流したという。教会ではこれを奇跡とは認定しなかったが、この噂は「ヴィースの涙の奇跡」として広まり、巡礼者が農家に集まるようになった。1740年には牧草地の小さな礼拝堂に移したが、巡礼者は増える一方であった。そこでシュタインガーデン修道院が先頭に立ち、一般からの浄財を募るなどして建設資金を捻出し、1746年から建造されたのがこの教会である。1754年に献堂式が行われ、最終的に完成したのは1757年であった。設計はドイツ・ロココの完成者として名高いドミニクス・ツィンマーマンで、それまでにも数多くの建築を手がけていたが、この教会には特別な愛情と情熱を傾け、完成後もこの教会から離れることを嫌い、すぐ近くに居を移し、亡くなるまでこの教会を見守り続けた。
外観は牧場の中に建つ何の変哲もない教会だが、ロココ様式の内部の装飾はヨーロッパ随一と言われており、特にその天井画は「天から降ってきた宝石」とも讃えられている。ロマンティック街道、ドイツ・アルプス街道の観光スポットの一つとなっている。
1983年、世界遺産に登録されている。

訪ねる人は、ぜひこちら側からも見られるといい。設計者は、きっと喜んでくれると思う。しかし、玄関前とと建物の脇腹に立つ木々は無いほうが建物が見栄えすると思うのだが。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月08日(土)
紀伊国屋本店で思ったこと

西方里見著「外断熱が危ない!」が、全国の本屋で販売促進の大キャンペーンを実施していると聞いた。
昨日、新宿の伊勢丹に用事があったのですぐ近くにある紀伊国屋本店をのぞいてみた。するといつものように、私の本と久保田さんの本は平積みされていたが、西方氏の本は棚に並んでいるだけだった。
今頃になって販促に力を入れるとは、ガラス繊維協会のいら立ちと焦りのほどが察せられる。
「いい家が欲しい。で本当にいい家が建つのか?外断熱は内断熱より優れている。その考えは大間違いだ!」と、西方氏はヒステリックに叫んでいる。しかし、もうまもなく、「外断熱がスタンダードであり、内断熱は性能が不足する場合に付加するものである」という私の考えが大方の支持を得るようになるだろう。
ところで「いい家は無垢の木と漆喰で建てる」神崎隆洋著を私の本と並べて置く本屋さんが多い。神崎氏も内断熱を採用していて私の本の批判者だ。西方氏との違いは、断熱の方法に関する理解が乏しい点である。
したがって、高気密・高断熱に造る意味すら分かっていない。換気装置の必要性に関する神崎氏の意見は、気の毒なほどに浅はかだ。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月07日(金)
法の施行を停止すべきだ!
わが国の家造りは、台風はもとより、地震、火事、高温多湿、梅雨、長雨、低温乾燥、シロアリなど、あらゆる事象への備えを必要とする。
それにも拘らず、つい20年ほど前まではその備えを疎かにした家造が当たり前に行われていた。
ところが、最近の10年間の革新は目を見張るばかりだ。特に、地震に係るイノベーションは凄い。総合的に見るならば、今やわが国の家造りは世界のトップクラスだ。
しかし、国はその流れを見ずに、姉歯のような犯罪行為に激しく反応し、拙速に建築基準法を改正した。そのため、構造計算を必要とする地下室付き建物、三階建て住宅の着工がストップ状態となってしまった。もう3年も待っていれば、混乱もなく、民間の創意と工夫が優れた地震対策にたどり着いていたはずだったのに。
今も行政は、未曽有の異常事態を放置したまま、構造計算ではじき出された数値上の安全を、建築確認申請書に完璧に盛り込むことを求めて止まない。もし、ほんの些細なことでも盛り損ねたら、一からやり直せと突き放す。費用と時間がいくらかかろうと、それは知ったことではない。すべては安全のためなのだから、と。
準備不足を棚上げにした正論の前に、メーカーはもとより設計事務所も工務店もひれ伏すばかりである。
法に従い、地震に強い家を建てようとする人たちが、建築確認申請が受理されないという理由だけで理不尽な苦境に追い込まれている。
だがしかし、来年からは、すべての木造建築にも構造計算を必要とするようになる。
混乱にさらに一層拍車がかかることは目に見えている。
行政が正常に対応できるようになるまで法の施行を停止すべきだ!
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月06日(木)
台風に備えましょう!
台風の被害が最小限でありますように、心から願っています。
もう一度、点検しましょう!
ダンパーを閉める。
小屋裏換気扇を止める。
アルデを「弱」にする。風の音が気になる場合は、雑巾やタオルを詰め込んでみてください。
シャッターを閉める。
ベランダに、排水口がつまってしまうようなものが落ちていないか点検。
天窓をしっかり閉める。小石や枯葉が挟まっていたために雨が漏ってきたケースがありました。
家の周りに風で飛ばされ易いものがないかチェック。
停電になった場合、地下室のドライエリアの排水ポンプが作動しません。
万一に備え、貴重な品を床に置かないでください。
●懐中電灯を用意する。
●台風の最中は、絶対に外に出ない!
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月05日(水)
ロマンチック街道−8

ディンケルスビュールで、古い家の省エネ改修工事現場を見た。
レンガ積みの外壁は10センチほど外側に歪んでいる。このまま改修を進めることは、日本人の感覚ではとてもできない。

しかし、このように「く」の字にゆがんだ家は数多くあるのだが、景観保護のために外観をいじることができないとなれば、そして、地震がないとなれば、ゆがみも大切に扱って改修を進めることになる。


地震がない国では、構造に関する考え方がまったくと言ってよいほどに違っている。横揺れも上下動も起こらないのだから、上からの加重だけを考えればよいので、このような積み木細工的な仕事でも許されるのだろう。

断熱の方法は、100ミリ厚の綿状断熱材による内断熱工法である。気密は建物全体でなく、各部屋を漆喰で仕上げて確保することになる。

換気装置のダクト配管が無理な場合は、窓開け換気となる。窓は、内開き、内倒しのプラスチックサッシが圧倒的に多く使われている。
街道沿いのホテルでは、空調設備はもちろんのこと、浴室にも換気扇がないところが多いので、快適さを得るには窓の開閉とカーテンの用い方を工夫する必要がある。
下の写真は「農家の塔」。謂れはわからないが、魅力のある塔だ。

カテゴリー: 投稿者 :松井
台風接近中!
床下ダンパーを閉め、小屋裏換気扇を止めましょう。
工事中の現場は、すでに対策を行っていますのでご安心ください。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月04日(火)
ロマンチック街道−7

ロマンチック街道には、うっとりするほど素敵な木組みの家や、塗り壁の家が数多く建ち並んでいる。ディンケルスビュールの住宅街を歩いていて気がついたことがあった。それはほとんどの家が、ファサード(正面)を補修し、装いを変えることはあっても側面はいじらないでいることだ。
家と家との間を覗いてみると、どの家もよくぞ倒壊しないでいると感心させられるほどに古い姿である。地震の心配がないので壊れない限りは手を加えず、古さを誇っているかのように見える。
いや、本当のところはお金を掛けたくないのかもしれない。

よく聞かされる話は、ファサードを見栄えよく維持するのは、観光客のためにという理由だけではなく、景観を大切にするという住人の強いコンセンサスがあるからだと。もちろん、景観条例のようなものがあることは確かだろうが。
東京の武蔵野市で、ある漫画家が赤と白のストライプ模様で外装することについて近隣住人との間で大紛争が巻き上がっているが、ロマンチック街道では絶対にそのような自己主張は許されない。

しかし、この景観のように、どうかなと思うこともしばしばあった。左から一番目と二番目の建物のデザインと色彩が良くない。特に、三角部分のストライプ柄と、二番目の薄汚れた淡いグリーンの色が問題だ。その上、二つの建物共に窓周りに美しさがない。マルクト(マーケット)広場に面しているので、ファサードをいじることが許可されないとなると、年々ここの景観は楽しさを失っていくことだろう。
ちなみに、外装にストライプ柄を用いるのは、ロマンチック街道では極めて珍しい。
そのセンスの悪さを思い浮かべると、武蔵野市の住人たちの気持ちがよく分かる。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月03日(月)
ロマンチック街道−6

ロマンチック街道には、サイクリングロードが用意されているので、このように夫婦や、仲間でツアーを楽しむ人をよく見かける。
後ろの建物が、久保田さん親子が宿泊したゴルデネ・ローゼ。

後藤 久著「西洋住居史 石の文化と木の文化」彰国社によれば、「ゲルマン系の町家に見られる独特の急傾斜屋根は、屋根裏を倉庫として有効に利用することから出来上がったもので、荷物を屋根裏部屋まで吊り上げるために、滑車を棟の下部に取り付けたものが多く見られる。」(中略)「都市の住居、すなわち町家の敷地は街路に面して間口が制約され、奥行きの深いものになった。
この狭い敷地を有効に利用するために、上階を道に迫り出して建築することもなされた」(中略)「一階が店や仕事場、二階に居間、寝室、三階に子供、四階に使用人の寝室、倉庫。家の規模にもよるが、上階は倉庫に使用されるのが一般的であった。」
このイラストは、ドイチェス・ハウスによく似ている。
カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月02日(日)
ロマンチック街道−5
〔その2−久保田紀子記〕
ディンケルスビュールには、1440年に建てられ木組みの家としては南ドイツでもっとも美しいしいとされるドイチェス・ハウスがある。
いったい、どんな住み心地なのだろうか、それを宿泊体験してみたくて訪れた。
ところが、手違いで私の部屋はリザーブされていないという。わずか10部屋しかないので代わりの部屋が用意できない。ちょっと太り気味の初老のフロントマンは、ドイツ人らしく威厳に満ちた態度で謝罪を繰り返した。松井さんが、同じように威厳を示しつつ、「ここと同等か、それ以上に良いホテルを紹介してください」と頼んだ。
松井さんの部屋を見させてもらっているとフロントマンがやってきて、いい部屋が取れたと言う。「ゴルデネ・ローゼ」といって、建築された時代はほぼ同じだという。
「えっ、1440年頃に建てられた建物が二つもあるなんて!」。私はすっかりうれしくなった。それに名前もいい。ホテルの前に出て彼が指差す方角に、壁が薄いピンク色をした可愛らしい木組みの建物が見えた。
(一番左の建物)

「あのホテルならいいです」
私の笑顔を見て、松井さんはホッとした表情になった。
ところで、あそこまでどうやってバックを運んだらいいのだろうかと思った瞬間に、先ほど松井さんのバックを三階まで持ち上げた女性の従業員が再び現れた。彼女は若くて美しい。にっこり微笑むと、バックを持ち上げて歩き出した。
石畳なので転がしていくわけにはいかないのでやむをえないとしても、仕事に対する忠義に畏敬の念すら覚えてしまう。休むこともせずに娘のバックも運んでくれた。
私は、ディンケルスビュールに幸先の良さを感じすっかりうれしくなった。

ところがであった。
フロントでキーを預かり、3階の部屋を目指して階段を一段一段と上っていくと気持ちが動転し始めた。階段がギシギシ鳴るのは古さの故に仕方がないのだろうが、踏み面の傾きは尋常ではない。一段一段の傾き加減が違うのだ。体の中心が定まらなくなってよろけてしまいそうになった。娘は「なーに、これ!」を連発する。ようやく階段を上がり切って、3階の床を歩くと床は抜けんばかりにミシミシと音を立てる。自然倒壊してしまうのではなかろうかという不安がよぎる。
娘が「この建物、震度3で崩れるぅ!」と恐怖の叫びを発した。部屋に入って見回せば、天井に見える梁と壁の間に、窓際からドアまで亀裂が入っているではないか。
それを見て、娘が言った。
「ねえ、今夜は外で寝よう」と。
ドアを閉めた娘が「ドアの鍵が壊れている」と言い出した。鍵の固定が甘くなっていて、がたがた状態なのである。何回か鍵を差し込んで閉め方を会得することはできたが娘は「これでは無用心だから直す」と言い、スーツケースの鍵で緩んだネジを回し込んでガタつきを改善した。
「やった、さっきより安心できる」
たったそれだけの手を加えただけで、不思議と不安が消えてなくなった。すると床鳴りも、クローゼットの扉のきしむ音も気にならなくなった。
ベッドに身を投げ出して天井を見上げていると、ロビーで見かけた写真が思い浮かんできた。1891年に、クイーン・ビクトリアが宿泊したときの写真だ。
女王陛下も、あの階段を上がったのは確かだ。
段板の軋みとゆがみを、きっと愛でながら。
そう思うと、それらを絶対的に嫌い、ミリ単位の厳格さを追い求める現代の日本の家造りの感覚で、ロマンチック街道屈指の建物を体感的に評価したのは間違っていることに気づいた。ドイツでは地震が起きないと信じるならば、軋みも、ゆがみも、亀裂でさえも味わい深いものに感じられる。
隣のベッドで、いつの間にか娘は眠ってしまった。
その寝顔を見ていると、こうして娘と連れ立ってロマンチック街道を旅して歩ける幸せをつくづくと感じた。
すぐ近くにある聖ゲオルク大聖堂の鐘の音が心に染みる昼下がりだった。

カテゴリー: 投稿者 :松井
2007年09月01日(土)
ロマンチック街道−4
〔その1〕


ディンケルスビュールは、ローテンブルクよりもさらに小さな街だ。
半日も掛ければ街の隅々まで見られる。
そこを訪れた目的は、1440年に建てられたというドイチェスハウスに宿泊することだった。部屋数はわずか10しかない。木組み白壁造りではドイツで最も美しい建物とされている。

私には密かな願望があった。それは、小屋裏を見ることだ。いったいどんな風になっているのだろうか?
フロントに許可を求めて断られたらお仕舞いだ、そう思ったので部屋に荷物を置くや否やすぐに小屋裏探訪に出向いた。板張りの床がギシギシと鳴り、隠密行動はとても無理である。宝島に探検に出かけた少年のように胸がときめく。幸いなことに、誰にも遭わず小屋裏へ上がれる部屋を発見した。
急勾配のハシゴを上がって小屋裏の頂点に立った瞬間、興奮してカメラを落としそうになった。
そこには500年以上という長い時がかもし出す独特の雰囲気があった。雨漏りで腐った部材を差し替えた形跡があちこちに見て取れる。そのやり方は、地震をまったく想定していないし格別の工夫もない。それだけに興味をそそられる。
床の一部に5世紀分と思える黒ずんだホコリがたまっているところがあった。想像が、世紀単位で過去に遡って行く。私は、ずっとその場に座っていたくなった。
カテゴリー: 投稿者 :松井









