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2007年10月08日(月)

新事務所のデザイン−2

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リブチンスキーは「建築の見方」白揚社で、ヘンリー・ウォットン卿が1642年に発表した論文を取り上げている。ウォットン卿は、「建築における目的とは良い建物を建てることであり、良い建物には三つの条件がある、それらは有用さ、堅固さ、悦びである」と定義した。それをリブチンスキーはこのように言い換えている。
「そもそも建築には、ただ一つだけではなく、三つのはっきりとした目的があるのだ。それらは人間の活動を収容すること(有用さ)、重力と風雨に永続的に抗うこと(堅固さ)、美しくあること(悦び)である。建築とは、つねにこれら三つの統合体である」と。
いずれにしても、その主張は私の考えと一致している。
 
事務所として有用であることは当然の目的なのだが、私は社員たちが「いい家」造りに能力を存分に発揮できる環境を提供したいと願い続けていた。社員たちが日々の体感によって住み心地に対する感受性を豊かにできるならば、「いい家」造りの質が向上するし、アフターメンテが的確にできるようになるものだ。そのためには、「マツミの家」を事務所にすることが一番だ。
堅固であることは、大地震や自然災害時に、事務所については何も心配することなく、お客様の家々への対処に全力を注ぐことができる体制をつくり上げるための絶対条件である。そのためにも「マツミの家」であるべきだ。
 
私は土地を購入したときから、二つの願望を実現するチャンスを得たと思ったのだが、世間体を気にして体感ハウスを建てるとアナウンスしていた。
駅前の店。それは商売をするものにとって夢なのだから、そこに見切りをつけるには大いにためらいがあった。マツミの将来にとってプラスなのかマイナスなのか、迷いに迷った。そして移転を決意した後でも、私を全面的に信頼し駅前進出を叶えてくれたオーナーから残留を説得されると心が揺らいだものだ。
しかし、基本的な願望は日に日に確信となり、やがて私の心の中から世間体を気にするというような不純な動機は消え去った。それと共に、霧が晴れるようにして建物のデザインが鮮明に浮かび上がってきた。
 
私は思うのだが、建築のよくある失敗例は、「美しくあること(悦び)」が他の二つの目的から突出していたり、なおざりにされるためにバランスを欠くことでもたらされる、と。
デザインを動機付けるものは、差別化や自己顕示の欲求にあるのだが、それらが強くなり過ぎると目立ちすぎて独りよがりなものになりがちだ。動機が不純で、歪んだ美意識や虚栄という下心によるデザインは、見る人に不安や不快を与えもする。かといって、美しさに無頓着なデザインは環境にとって迷惑となる。
そのような考えで、予定した建物を再検討してみると居丈高であり、目立ちすぎていて環境とのバランスも欠いていた。
新しいデザインは、作図をする設計士が驚くほどシンプルなものであった。かといって、いま流行のシンプル・モダンといわれる箱型スタイルではない。
正面から眺めると建物の両翼は平屋に見える。どう見ても住宅にしか見えない。
小ぢんまりとして、控えめで、どこか物足りない感じがする。
出来上がった模型を眺める社員たちは、「何でこんなにシンプルにしたのだろうか?」という疑問の表情をあらわにするものが多かった。中には、「これがマツミスタイルかと、お客様が減ってしまうのでは」と心配する者もいた。
しかし、私は言い切った。
「何よりも大切にしたいことは、地元の人たちに好感を持ってもらえるということだ。このデザインは、年間50棟以上は建てないと決めているマツミの身の丈に合っていて、街道の風景とも調和していると確信する」と。
 
かくして着工のゴーサインを出したのだが、建築確認は計画変更ではダメで一から出し直しとなった。

カテゴリー: 投稿者 :松井


 
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