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2007年12月31日(月)

感謝申し上げます

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今年もブログを読んでいただき本当にありがとうございました。
〔「いい家」が欲しい。〕は、来年2月に発売されてから9年目を迎えます。
写真上は、紀伊国屋書店新宿本店で、下はジュンク堂書店新宿店で今日撮影したものです。
来年も、一人でも多くの方に読まれて、「いい家」造りに役立つよう切に願って今年の書き納めとします。
みなさまが良いお年を迎えられますことを心からお祈り申し上げます。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2007年12月30日(日)

中村弥生さん

中村弥生さんへお見舞いの電話をした。
久しぶりに聞く声に、かってなかった明るさを感じた。
「その後、お子さんはいかがですか?」
「1ヶ月近く不登校になってしまったのですが、いろいろと悩んだ末に、それを直すには私が気持ちを新たにするしかないことに気づかされたのです。そうしましたら、冬休みに入る前の3日間ですが、子供が一人で学校へ行くようになりました。
  
それまでの自分は、毎日のように高砂建設を恨み、愚痴を言い、家があるのに住めないことに憤りを覚え、裁判のストレスに悩み、体調をますます悪化させ、主人や子供に当たってしまっていました。ある日、そんな自分であることが不登校の原因になっているのに気づいたのです。
いい家に住めないことを、どんなに嘆き悲しんでも解決にはならない。仮住まいであっても家族が一緒に住める、普通の生活ができる、そのことに感謝しなくてはと思うようにしたのです。
すると子供の表情が明るくなって、学校に通えるようになったのです。
私は自分の不幸に溺れて、周りのみんなに迷惑を掛けていたようです。
松井さんには、いつも高砂建設の理不尽さを訴え続けていました。でも気づいてみると、それは松井さんの心に釘を打ち込むようなことだったのです。お許しください。松井さんには本当に心から感謝しています。
 
これから、もっとつらいことがあると思います。でも、感謝の心だけはしっかり持ち続けようと思っています。
どうか、良いお年をお迎えください」。
  
私はこらえていた涙があふれてきた。
「いいんですよ。つらいとき、くるしいとき、どうぞ遠慮なく、何でもおっしゃってください」
そう言いたかったのだが、声にならなかった。
  
どうか神様、中村さんご一家に良いお年をお与えください。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2007年12月29日(土)

書き悩むとき

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ケルンの大聖堂.jpg
上の写真は、ケルンの大聖堂。
手前に立てられているのが尖塔の頂点部分。
下の写真は、それを吊り上げた時のものだそうだ。
どうやって吊り上げたのだろうか?
地震国で家造りに携わっている者にとっては、広場に立っているにもかかわらず足がすくんでしまった。
それにしても、誇らしげに尖塔の上に立っている3人の男たちの服装が気になってならない。あんな格好で、どうやって登り、どうやって降りたのだろうか?
いや、格好はどうでもいい。
降りるためのロープが見当たらない・・・。
 
ブログを書き悩むとき、いつもその写真に目が行く。
そしてロープを探す。
見つからないし、降りる方法が分からないので悩みは解消できないどころか深まるばかりである。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2007年12月28日(金)

大工さんたちとの忘年会

今日で仕事納め。
大工さんたちとの忘年会の日だ。
毎年、この日の大工さんたちの笑顔を見たくて働いている感じがする。
お客様に感謝しつつ、参加した41人にもち代を手渡した。
始まりから終わりまで笑いが絶えない。どの顔にも、この一年、悔いのない仕事を精一杯やったという満足感が溢れていた。
今年の弟子入りは一人だったが、先輩たちから励ましの声が盛んにかけられていた。
小原さんが先輩を代表して体験談を聞かせてくれた。
 
私が知り合いの材木屋さんに連れられて、高橋親方の家に弟子入りの挨拶に行ったのは20才のときでした。
40歳を過ぎたばかりの親方は、怖い顔をして睨みつけ「本当にやる気があるのか」とボソッと尋ねました。
私が懸命に「はい、あります」と答えると、後は「飲め」、「食え」の二言だけになり、まるでパンを無理して飲み込むようにして緊張に耐えていたのをよく覚えています。
現場で、親方から親しく声を掛けてもらえるようになったのはそれから8年後でした。
親方に女の子が生まれたのです。それをボソッと言ったときの親方は、恥ずかしげで少し顔を赤らめて見えました。
それ以来、親方の気性が見る見る丸みを帯びて、別人のようになりました。
林さんはいいときに弟子入りしたのですよ。
 
その話に林さんが小さな声で応じた。
「いや、今も変わらずに厳しくしてもらっています」と。
高橋親方は言った。
「甘やかしたのでは本人が気の毒だ。何年修行を重ねても使いものにならないからだよ」と。
その言葉に、周りにいた遠藤、古川の両親方も「まったくそのとおりだ」と深くうなずいていた。
 
伊東親方が、3年掛けて二級建築士の試験に合格した。伊東さんはこんな挨拶をした。
「試験に合格できたことを報告したときに母親から聞いた話です。17年前に高校を出てマツミの社員に採用していただいたのですが、そのとき挨拶に出向いた母親に、社長が、大学に行かなくても行った以上の人間に育てて見せますと約束してくださったと言うのです。そのとおりだったね、と親が大変喜んでくれました」。
 
西村親方は、ジャズが大好きだ。
私は、たまたま昨夜キース・ジャレットを聴いていたのでその話をしたところ、西村さんが一番好きなのがジャレットだというのでジャズ談義に花が咲いた。
私は新事務所の建築を思い立ったときから、地下にオーディオルームを設け、バング・アンド・オルフセンのベオラブ5(http://www.bo-ss.jp/134.html)を入れて存分に音楽を聴きたいと願っていたことを話した。
すると西村さんは、「ぜひ聴かせてください」と子供のように目を輝かせた。
 
会場は、ますます盛り上がっていたが閉めの時間がだいぶオーバーしていたので、残念ながら私は立ち上がった。
「みんな、来年もケガや事故をしないで、いい家を精一杯造ろう!」
その呼び掛けに全員が間髪を入れず「やりましょう!」と応えた。
その声には、住む人の幸せを心から願う者だけが発する迫力が感動的に込められていた。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2007年12月26日(水)

今年最後のお引渡

今年最後のお引渡しが無事終わった。
7月28日に上棟が行われ、その日のブログに「Dr.コパさんの三宅宮」という題で書いた世田谷区上野毛のM邸である。
ご夫妻が選ばれたカーテンのセンスがすばらしく、一段と素敵な家になっていた。ご家族は娘さんと三人なのだが、チンチラゴールドともう一匹の猫ちゃんがいるという。私も同じチンチラを飼っていたことがあるので、奥さんと話がはずみ、今は亡きミミちゃんの思い出話を奥さんは涙を浮かべて聞いてくださった。
当時の我が家は、冬は寒く、夏は暑く、梅雨時にはベタベタ、ジメジメしていた。それに比べて、Mさんの家は猫ちゃんにとっても最高の住み心地だ。
もし、ミミちゃんをこんな家に住まわせてやっていたらもっとはるかに長生きできただろうに、そんな思いを抱きながら「三宅宮」に参拝し、無事の完成引き渡しを心から感謝した。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2007年12月25日(火)

今年最後の上棟

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今年最後の上棟である品川区豊町のA・K邸が無事終わった。二世帯同居の三階建てなので、改正建築基準法による行政の大混乱のあおりをまともに受け着工が3ヶ月も遅れた。
マツミ創業以来、初めてのことだ。お客様はさぞかし心配されたことだろう。
しかし、Aさんはご家族を代表されてこんな挨拶をされた。
「着工が延び延びになって一時はどうなるのかと心配しましたけれど、会長さんをはじめ社員の皆様の誠意に支えられ、このようにすばらしい上棟を迎えることができたことを心から感謝しております。住まいとは幸せの器であるというマツミの信条に感銘を受けて契約をしました。朝から皆様の心を込めた仕事振りをずっと見させていただいていたのですが、その信条どおりであるとさらに感動を受けました」と。
  
新設された「適判」機関による二重検査を求められることになった木造3階建ては、判定員の不足もあり依然として審査期間の長期化は解消に向かっていない。
それに対して国も行政も言い訳と無責任に終始するばかりである。
しかし、上棟に携わった人たちが、着工の遅れをまるで自分たちにすべての責任があるかのようにして懸命に働いていた。
その姿に、私も感動を覚えた。
もう2棟、同じ理由で着工が遅れている現場がある。
「遅れては申し訳が立たない」と焦る社員が日参し頭を下げて懇願する相手は、「遅れたにしても仕方がない」と冷たく言い放つ行政の窓口だ。
「泣く子と行政には勝てない」と、関係者は諦めざるを得ないでいるのだが、国土交通省も行政も、住む人の幸せを心から願ったならば、こうまでひどい混乱は避けられたはずである。

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2007年12月24日(月)

寝室のドア

西東京市に住む島田さんの奥さんの話である。
「50年以上夫婦仲良く暮らしてきたのですから、家の中にドアという仕切りは不要です。最近ではトイレのドアさえ要らないと思っています。80を過ぎると、トイレに入っているときにも気配を感じられるほうがお互いに安心でいいのですよ。
ドアは、仲良し夫婦にとって必要ありません。
もっとも建て替える前の家ではそうはいかなかったです。マツミの家は、どこにいても温度差を感じませんからね。
夫婦が隣り合った部屋で寝るとしても、ドアがなく、お互いに程よく気配を感じ合えているとしたら安心です。そういう暮らしができる家に住んでいられることに本当に感謝しています」。
離婚が増える原因に、寝室にドアがないと寒くてたまらない家のつくりが、夫婦の心まで仕切ってしまう、そんな感じがしてなりません。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2007年12月23日(日)

後悔先に立たず

今年最後の勉強会が終わって、体感ハウスは個別相談するお客様の熱気にあふれた。
勉強会に参加したFさんの奥さんから聞いた話である。
「私の友人が1年ほど前にアーバンスタイルの素敵な家を建てました。ある住宅雑誌に紹介された設計事務所の作品に一目ぼれして頼んだのです。
一階の20帖の吹き抜けのあるリビングには、南と東側に大きな窓があって、西側には縦長の窓がいくつも並んでいて、それは明るくて眺めが良くて気持ちいいのです。
住宅雑誌から取材があって彼女は有頂天でした。ところが最近浮かない顔をしているのです。どうしたのと尋ねると、主人がリフォームしようと言い出していると言うのです。ご主人はリビングが落ち着かない。天気のよい日は明るすぎるだけではなく暑くなってやりきれない。それに夏はエアコンの利きが悪すぎる。冬はエアコンを最強にしても暖かくならない。そこで吹き抜けを塞いだらということで設計の先生に相談すると、透明なアクリル板で一部を塞いでくれたそうです。
子供がいない夫婦はリビングでホームシアターを見るのを楽しみにしていたのですが、音が家中に響き、一緒に見ないときはお互いに音が気になってしまい落ち着かない。最初のうち良かったと思ったことが、1年住んでみたらみんな欠点に思えてきてしまったと嘆いています。
私はその話を聞いていて、松井さんの本を貸してあげたいという思いをやっとこらえました。建ててしまったのですから、いまさら住み心地の大切さに気づいてもどうにもなりませんものね。
先日、久しぶりに寄ったのですが、彼女が怒って言うには、吹き抜けのアクリル板の上にたまるホコリを掃除しようがない。それに吹き抜けの窓は汚れるし、二階のホールから見るとかなり気になる。カーテンがないから夜になるとガラスが黒く見えて落ち着かない、料理の臭いが二階の部屋にこもってしまう、あの設計の先生は生活体験がなさ過ぎる。
住宅雑誌には「夢を叶えた吹き抜けのある素敵なリビング」などと紹介されたけれど実際住んでみたら後悔だらけ。そんな具合で一年前とは大違いの話ばかりに、すっかり気の毒になってしまいました。
勉強会は、とても参考になりました。松井さんと久保田さんのお話を友人に聞かせたら大ショックになりそうです」
 
住宅雑誌というものは、写真のあるほとんどのページは広告と思っていい。いかにも雑誌社が取材したようになっているが、相応の負担金を払えば喜んで掲載してくれる。
また、「優良工務店」「安心工務店」などというタイトルにも惑わされないことだ。それらは雑誌社が企画を立てて工務店に働きかけ、広告料の支払いに応じたところを掲載しているに過ぎない。だから、構造も断熱の方法もまちまちで、何が優良なのか、何で安心できるのかさっぱり分からない。
 
勉強会は、マツミで建てるか否かに拘わらず、後悔をしない家づくりの急所を学ぶ場である。だから、一回一回が真剣だ。参加された方々には、絶対に後悔をしてもらいたくない、その一心を熱く込めて今年最後の勉強会を終えた。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2007年12月22日(土)

明日は今年最後の勉強会

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10時に中野区弥生町のT邸お引渡し。12時にプラン依頼を受けている自由が丘の現場を見る。丸子橋を渡って1時半に多摩川の対岸、川崎市中原区に建つM邸のお引渡しをした。
Tさん、Mさんご一家共に暖かさに大変満足されていた。Mさんの家は、かなり交通量の多い道路に面しているのだが騒音が聞こえない。
第1種換気装置にしたせいもあるが、気密性と断熱性を高めた「外断熱」の効果は驚くばかりだ。
4時半から日野市のM邸の上棟式が行われた。
天気予報では夕方から雪になるかもしれないとのことだったので心配したのだが、屋根下地板まで張り終えた。段取りと手際の良さ、そして何よりも現場にみなぎる心意気の高さに、今日も感動を覚えた。
Mさんは、「住宅展示場を回っていろいろと勉強しましたが、住み心地の大切さに気づいてマツミさんにお願いすることにしました。こんなに寒い日なのに、現場の中は温かく感じます。この光景は久保田さんの本に書かれているとおりですね。感激です」と挨拶された。
 
明日は、10時から荒川区のO邸の引渡しがあり、2時から今年最後の勉強会が小平体感ハウスで開かれる。

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2007年12月21日(金)

〔さらに「いい家」を求めて〕リニューアル!

久保田紀子著〔さらに「いい家」を求めて〕がリニューアルされる。
「改訂2版」として来年1月下旬に発売される予定だ。
私の本と同様に、これまでに何回か部分的に書き改めてきたのだが、今回は思い切った削除と加筆、そして書き直しが行われる。
そうなる経緯について、久保田さんとの間にこんなやり取りが交わされた。
<久保田>
私は松井さんとカネカとの一連のやり取り、カネカのクレゾール事件への対応、そしてナイスとの新会社設立などを見ていて、私の本から「ソーラーサーキット」という名称を無くすべきだと思うようになりました。
そもそも私がマツミハウジングに家を建てることをお願いしたのは、「ソーラーサーキットの家」が欲しかったからではありません。松井修三さんが勧める「いい家」が欲しかったからです。
松井さんの本を読んで、「外断熱」であるということは依頼する動機付けになりましたが、「ソーラーサーキット」であることは条件ではありませんでした。
私の本の読者の方々も、おそらく同じだと思うのです。マツミハウジングはすでに2年前から看板を「ソーラーサーキット」から「マツミの家」に変えていますね。
<松井>
「いい家」とは、住む人の幸せを心から願って造られるものです。ですから、工法も資材も、手間もすべて住む人の立場で選択し、実行しなくてはなりません。それを「正直」というのですが、カネカが行っているソーラーサーキットの運用、営業、アフターフォローなどは自分にばかり都合が良くて、住む人をないがしろにするところが目立っています。つまり不正直さが目立つということです。それはお客様に対する背信行為であり、許せません。
私は何回も忠告し、諫言してきたのですが、一向に改善する気配さえありませんでした。
そこで、看板を書き換えました。
<久保田>
ですが、松井さんの本はソーラーサーキットを勧めたままになっています。それは読者を裏切ることになりませんか?
<松井>
私は、当初から「カネカのソーラーサーキット」ではなく、「マツミのソーラーサーキット」という看板を掲げてきました。工法を開発したのはカネカですが、実際に家を造るのはマツミだからです。工法がどんなに優れたものであっても、私が大切にしている上質な住み心地は、造り方が良くなければ実現できません。ですから、勉強会で用いている「住み心地 概論図」に示されているように、同じソーラーサーキットで造られた家であっても、住み心地の評価には大きな差が生じるのです。
それに、住み心地というものは、造りっ放しでは得られません。住んでからのフォローなくしては。
それをカネカに期待してもまったくムダです。ですから、私は工法を使わせてもらうが、資材などで束縛されるのに反対し続けてきました。「いい家」をつくる会のメンバーさんたちのほとんどが同じ考えです。
私の本に気兼ねすることはありません。
久保田さんがそのように思われるのであれば、ソーラーサーキットを削除しても構いません。内容を書き改めてみてください。
 
10日ほど前に久保田さんから預かった原稿を何度か読み直し、今日二人で最終チェックをした。
私は心底から思って言った。
「題名どおりのさらにいい本になりましたね」と。
それに対して、
「最近になって、おかしな家造りが次々に登場してきています。改訂2版が一日も早く発売され、全うな家造りとはどんなものなのかを知る人が増えるといいですね」
と答えた久保田さんは、4年前に初版を発売したときと比べて、「いい家造り」の同士として数段と頼もしく見えるようになった。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2007年12月19日(水)

暖かな上棟

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埼玉県川越市のH邸の上棟が無事終わった。
Hさんは、こんなスピーチをされた。
「1年ほど前でした。会社の先輩とゴルフに行った帰りに、新築した家を見に寄らないかと誘われました。行ってみると共働きしている奥さんがまだ帰ってきていなかったので、寒いのを覚悟で玄関を入ったのです。すると、なんともいえないホワーッとした暖かさに迎えられました。
いったいこの家の暖かさは、どんな暖房機によってもたらされているのだろうかと興味を覚えました。
先輩の説明では、暖房機もさることながら家の造り方そのものが違うと言うのです。先輩は、あちこちの住宅展示場に出かけたり、いろいろな住宅本を読んだりして勉強したそうです。その結果選んだのが外断熱を得意にするマツミハウジングであると。
私は家を建替えようと思っていたので、とても興味を惹かれ、それから何回か訪ねました。その度にこの家はいいなーと感じ、松井さんと久保田さんの本を読みました。そして勉強会に参加したのですが、そのときは90%近くマツミさんに頼むと決めていました。
先ほど娘は友達から、暖かそうな家ね、イルミネーションをしているみたいと言われたそうです。斜め張りされたヒノキの板と、その隙間からもれる明かりを見ていると、確かにその通りだと思います」。

ライトアップされたH邸の姿は実に美しく、暖かそうで、みんな寒さを忘れて見入っていた。

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2007年12月18日(火)

結露の季節

今朝は東京の小平市に初霜が降りた。
暖冬という予想は、これまでのところ外れて寒くなる一方だ。
最近、二階の北側の窓を開けている家が目立つようになった。
その理由は結露だ。湿気を追い出すために、室内の温度が下がってしまうのを覚悟の上で窓を開けなくてはならない。でないとすぐにカビが発生してしまう。それを解決するには、24時間換気と全館暖房が必要だ。しかし、中気密・中断熱の家では、ランニングコストが掛かってしまいとても続けることができない。
結露の後始末ほど、主婦にとってうんざりするものはない。
「朝が嫌だ」と言うのもうなづける。
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今日、手打ちそばをご馳走してくれた世田谷のIさんの奥さんも、以前の家ではそう思う日々の連続だったそうだ。
「それがこの家では、まったく結露が生じません。いつも押し入れの布団がさらさら状態なのですよ。梅雨時でも同じです。母と私はかなりの着物を持っているのですが、虫干しする必要がないので驚いています。それはありがたいことです。年を取ると虫干しは大変な作業ですからね」

虫干しは、梅雨明けに行うものを土用干し、秋の長雨の後の10月頃に行うものを秋干し、11〜12月頃に行うものを寒干しという。
湿気が招く虫やカビの被害から着物を守ることは主婦にとって大変な仕事だ。しかし、マツミの家では、桐タンスにしまってさえおけばその必要がなくなると、奥さんはとても喜んでいた。
 
その話を久保田さんにしたところ、同じような話を聞かせてくれた。
「親戚の結婚式があって6年ぶりにタンスから着物を取り出しましたが、なんともありませんでした。この家に住むようになってから虫干しするのを忘れていました。Hハウスで仮住まいをしていた時には窓といわず結露がひどくて、用心していたのですが大島紬がカビにやられてしまい洗い張りに出しました」と。

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2007年12月17日(月)

社員と夕食

4月に入社した新卒の高田と夕食を共にした。
彼は、つい最近親元を離れアパートでの一人暮らしを始めたばかりである。
「会社から帰って、何をして過ごしているの?」
「本を読んだり、勉強をしています」
それではまじめ過ぎないか・・・。
「テレビは見ないの?」
「はい、テレビは持っていません」
「へー、いまどき珍しいことだね」
「はい、入社させていただいたときにテレビは見ないようにしようと決めました」
そう言われて、彼が書いた読後感を思い出した。
私は彼が入社した日に本屋へ行かせ、好きな本を1冊購入してその感想文を書くように求めた。
彼は〔『夢を実現する「一日の過ごし方」〕多湖 輝著の感想文を提出した。
 
夢を実現するために必要な「力」がどのようにしたら身につくのか、それは一日一日の過ごし方の積み重ねによると書かれています。具体的にあげられているたくさんの項目の中から、三つのことを生活に取り入れようと思いました。
一つ目は「禁欲力」で、私はテレビを見る時間を減らすことにします。二つ目が、ラジオを聞きながらの「ながら勉」。テレビに時間を支配されてしまうのではなく、ラジオを聞きながら何か別の作業をする。そうすると、耳から入ってきた有力な情報だけを頭に残すことができるそうです。三つ目は「貯蓄力」です。気付いたそのときから少しずつ始め継続させることが力になると書かれていました。
 以上のことを実践し、一日も早くマツミの戦力として役立つように最善の努力をすることをお約束します。
 
彼は決意を着実に実行しているようだ。
貯蓄も500円貯金を始めたと嬉しそうに話していた。
欲しいものはないかと尋ねると、電気釜と答えた。
「そうか。いくらぐらいするの?」
「先日電気屋さんで見たのは5千円ちょっとでした」
「では、引っ越し祝いにそれをプレゼントしよう」と言うと、彼はまるで宝くじに当たったように目を輝かせた。

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2007年12月16日(日)

横浜、今年最後の勉強会

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横浜体感ハウスでの今年最後の勉強会が開かれ、9組のお客様が参加された。
その中に、先週契約済みのSさんがいた。
勉強会に参加しないで契約されるお客様は極めて珍しい。
終わってからSさんが言われた。
「知らないことだらけで、参加して本当によかったと思います。でも、一番確かに分かったことは、マツミさんと契約して良かったということです」と。
今朝は冷えて零度近くまで気温が下がったが、床下の温度が19度近いことに参加者は驚いていた。
「来年の冬が楽しみです」
Sさんは、満面に笑みをたたえて帰って行かれた。
写真は、クレダ暖房機の上に置かれた小さなメリーゴーランド。三匹のウサギが人参と共に乗っていて、
クレダの熱で生じるごくわずかな気流によってクルクルと回転する。その速さで放熱量が分かるところがおもしろい。

カテゴリー: 投稿者 :松井

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2007年12月15日(土)

新事務所

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新事務所に引っ越してから50日が経った。
社員からの評価はすこぶるいい。
「事務所に帰るのが楽しみだ」とみんなが言う。
未だに無暖房なのに隅々まで暖かい。
地下室は昼間ほとんど誰もいないので、温度が上階よりも2度程度低いが、それでも20度近くある。
昨夜はそこで2回目のダンス教室が開かれた。空手教室よりも人気が高く、希望者全員は参加できない。マンボからジルバへと進んで、教室には笑いが絶えない。
面白いこと、楽しいこと一緒にしていると急速に親しさが増し、仲間意識が強まるものだ。
みんな無邪気になって、びっくりするようないい笑顔を向かい合わせ、懸命にステップを踏んでいた。
終わってから卓球をしようと誘われだが、さすがに遠慮した。

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2007年12月14日(金)

妻が喜ぶ家づくり

中野区白鷺でN邸の上棟が行われた。30代半ばのNさんはこんな挨拶をされた。
「どこに頼もうかといろいろ迷いました。
最終的にマツミさんに決めましたが、今、こうして棟上げされた家の中に立ってみると、木造軸組み、TIP構法の美しさ、力強さに感動します。そして、私の選択が間違いではなかったと、思いを新たにしています。
基礎工事中、私は仕事が忙しく、出張も多かったのでほとんど現場を見ることができませんでしたが、妻が現場を見に来ていたようです。
私が帰りますと、今日はこうだった、ああだったと報告をしてくれるのですが、その笑顔が、本当に嬉しそうで、幸せそうで、そんな妻の喜ぶ顔を見ていると、それだけで安心でき、マツミさんにお願いしてよかったと思いました」
かたわらで聞いていた奥さんの大きな瞳が涙で潤んでいた。
そのとき、今岡棟梁と目が合った。
その目は、私の心のメッセージ「住む人の幸せを心から願って、正直に造る!」
をしっかりと受け止めていた。
久保田さんは、帰りの車中で声を弾ませて言うのだった。
「マツミの上棟は、いつも感動させられますが、今日のご主人の挨拶に心打たれました。奥さんが喜ぶ姿に幸せを感じると、あんなにも心を込めて語れるご主人って素敵ですね。でも、奥さんが喜ぶ家づくりに携われる私たちも幸せです」と。

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2007年12月13日(木)

ホノルルマラソン

9日に開催されたホノルルマラソンに、マツミでは、社長を筆頭にして5人が参加する予定で毎日のように小金井公園でトレーニングに励んでいた。飛行機も予約済みで、彼らの心はホノルルへ飛んでいたのだが、私の命令でキャンセルした。
なぜ、中止させたのかというと、私の感がそう命じたからである。
社長は、昨年4時間台で完走している。となると、今年は部下が一緒なだけに無理をするに決まっている。部下は、社長ががんばっているのに途中で止めるわけにはいかずこれまた無理をするに違いない。
飛行機の中で眠って到着した日に走るというのだから、倒れてもおかしくはなかろう。現に、今年のシカゴマラソンでは走者がばたばたと倒れたではないか。
新社屋が完成してから2ヶ月、仕事が多忙を極めている最中に一人でも倒れたらお客様に申し訳が立たない。
「好事魔多し」というではないか。とにかく止めさせよう。
どうも倒れる者が出そうな予感がしてならなかったのだ。
 
今日の読売夕刊に「90歳ホノルル完走」という記事があった。
大河原さんという「90歳5か月の健脚がハワイのダイヤモンドヘッドを駆け抜けた」と。レース途中に激しく雨が降る悪コンディションをものともせず、8時間12分弱で完走したそうだ。
彼らが記事を読んだとしたら、さぞかし悔しがることだろう。
もし、話が出たら言ってやろう。
「90歳からでも走れるのだよ。あわてることはないさ。ゆっくりトレーニングを続けることだ」と。

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2007年12月11日(火)

いい縁は、いい縁を呼ぶ

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練馬区上石神井のS邸の上棟が無事終わった。
Sさんは毎日の散歩の途中で、二日前に書いた工事中のYさんの家を見ていて思ったそうだ。
「この家造りはいい、建てるならこの造り手に頼みたい」と。現場でたまたま出会ったYさんに勉強会に参加することを勧められ、終わったときにはマツミに頼むと心が決まっていたという。
 
上棟式が終わって外に出ると、偶然にもYさんの奥さんが通りがかった。
私は縁の不思議さに驚きながら、
「つい先ほどSさんがご挨拶されて、Yさんに勉強会に参加するように勧められたことが縁結びとなったと話されていたのですよ。ありがとうございます。
また、息子さんをご紹介くださって、本当にありがとうございます」と重ね重ねお礼を言った。
いい縁は、いい縁を呼ぶというが、まさしくその通りだ。
 
帰り際に棟梁の伊東さんから小声で恥ずかしげに呼び止められた。
「二級の試験ですが、やっと合格しまた」と言う。
「それはすばらしい。おめでとう!」
「ありがとうございます。3年掛かりました」
30才でマツミの棟梁になっただけに努力の人である。
 
会社へ戻ると、西東京市のYさんから「息子が家を建てたいと言っているのでよろしく頼みます」という電話が入っていた。
家造りを親子二代から連続して依頼されるとは、なんともうれしいことだ。
今日は、ありがたいことが連続した一日だった。

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2007年12月10日(月)

不都合な真実

温室効果ガスの削減にどう取り組むか?
カナダの在住の建築家、伊藤公久先生をお招きして「いい家」をつくる会では恒例の勉強会を開催した。
カナダでは、家庭の消費エネルギーを再生可能エネルギーですべて賄ってしまおうとする取り組みが始まっているという。
R−2000住宅、スーパーEハウスに続く省エネ住宅で、ネット・ゼロ・エネルギーハウスと称される。私は、R−2000住宅造りが始まってたしか3年後の1985年にカナダを訪れ伊藤先生と知り合った。
スーパーEハウスは、イギリスに輸出されすでに1000戸以上が建てられているそうだが、私はそのモデルを省エネコンサルタントの荒川英敏さんの案内で2年前にロンドンにて見学した。
太陽光、太陽熱、そして地熱を徹底活用するネット・ゼロ・エネルギーハウス造りは、高度な知識と経験はもとより、果敢に挑戦する強い意思を必要とする。
カナダの取り組みに感動すら覚えて帰宅したのだが、テレビではNHKがクローズアップ現代で「森林破壊 加速する地球温暖化」を放映していた。
温暖化防止の切り札とされているバイオ燃料のパーム油を生産するために、インドネシアの熱帯雨林が根こそぎ破壊され続けていて、それが温暖化を加速する大きな要因であることをレポートした内容だ。
国際NGO「国際湿地保全連合」は5日、パーム油は製造過程での二酸化炭素放出が多いため、結果的には化石燃料より10倍のCO2を放出するとの調査結果を発表している。「パーム油が環境に優しいというのは神話に過ぎない」と。
住宅造りにおいて、そのような神話があってはならない。
「不都合な真実」を見極める理性と、それを受け容れる勇気を大切にしたいと思う。

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2007年12月09日(日)

あったかい家

「あったかい家」の提唱者である山東利彦さんが福井から車で奥さんと共にやって来た。毎年、この時期になると越前ガニをどっさりお土産に持ってきてくれる。昨日、5回目となる蟹パーティーが開かれた。
山東さんは、「いい家」づくりとは、「いい基礎」の上に「あったかい家」を建てることだと主張する。「あったかい家」は、夫婦関係を良好に保ち、家族にとって家に帰るのが楽しみになると言うのだ。山東さんは、マツミの事務所が未だ無暖房であることを知って「さすがです」と感嘆していた。
 
「いい基礎」とは、ESB工法といい、ベタ基礎のベースの部分と立ち上がりの部分を一回でコンクリート打ちしてしまうものだ。一般的にはハウスメーカーをはじめほとんどの造り手は、ベースの部分をまずつくって、その上に立ち上がり部分をつくる。それではコンクリートが分離し、強度が出ない。きちんとした構造計算の下に、十分な鉄筋量を用い、正しく調合されたコンクリートを用いて一回打ちされたベタ基礎は、抜群の耐震性と防湿性、そして蓄熱効果を発揮する。
マツミでは山東さんと提携し、一回打ちを標準としている。山東さんは、一回打ちでない基礎はつくってはならないと主張している。
 
東京体感ハウスでの勉強会は盛況だった。
あるお客様が「この家は暖かすぎませんか?」と言われた。
日当たりを防ぐために2階の南側の窓はシャッターを下ろしていたのだが、1階のクレダ1台で、夜の9時30分になっても床下温度は19.7度で室内は22.7度と暖かさが持続している。
外気温は、7.2度に下がってきている。今夜は冷えそうだ。

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2007年12月08日(土)

実際に住んで

「両親とおばあちゃんが、実際に住んでみて、本当に住み心地が素晴らしいからあなたも建ててもらいなさい」と言うのでやってきました。
練馬区に住むYさんの息子さん夫婦がそう言って訪ねて来られた。
「ではまず体感ハウスへご案内させましょう」
私の言葉を遮るようにしてご主人が、
「いや、その必要はありません。両親の家で十分体感して納得していますから」と笑われた。
「膝の痛みで悩んでいた祖母も元気になりました。祖母はマツミの家にすっかり惚れ切っていますよ」
なんともありがたい言葉をいただいた。
 
昨日は大田区西嶺町のK邸の引渡し、今日は中野区本町のH邸の地鎮祭、共に好天に恵まれ無事終わった。
 IMG_6520.jpg

第2回の空手教室で気づいたことがあった。
年を取ると意識が先行し、体の動きが遅れる。その微妙なずれを意識するためにますます動作が乱れるということを。
それを克服するには練習しかないと分かっているのだが、意識を修正することで克服できないものかと考えてしまう。
頭でっかちな生徒を目の前にして、先生はかなりうんざりしていたように思えてならない。
そこにいくと今日はじめて習った久保田さんは実に覚えがよくて様になっている。
20代の頃に盛んにジャズダンスをしていたというだけのことはあるようだ。

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2007年12月07日(金)

何にでも挑戦だ!

地下の多目的ルームで空手とダンス教室を主宰することにした。
教師はマツミの家に住んでいるお客様。生徒は社員。初歩から手ほどきを受けている。空手は組み手の基本動作を教わるのだが、これが結構難しい。未だ全館無暖房なのに地下室の床の表面温度が20度を下回らないので、すぐに汗が出る。
過日行われた第1回ダンス教室は、マンボ。空手の場合と違って、笑いが絶えない。ふだん使ったことがない脳の部位と、筋肉に刺激を受けて社員の仕事への意欲は大いに盛り上がっている。
明日は第2回の空手教室だ。20代、30代の社員たちと互角に教わるのだからしんどいが、負けてはいられない。
今日、注文していた卓球台が届いたので来週から卓球部をスタートさせる。
お客間満足度をより一層高めるために何にでも挑戦だ!

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2007年12月04日(火)

離婚が温暖化の一因?

離婚と温暖化.jpg
今日の読売夕刊に気になる記事を見つけた。
このところ「温暖化」が記事にならない日は皆無のような状況だが、離婚が温暖化の一因になっているとは気がつかなかった。
ミシガン州立大学の研究者らがまとめた分析結果とのことだが、考えてみれば納得できる話である。「結婚が続いている家庭に比べ、離婚した家庭では、独りあたりの部屋数、電力消費量、水消費がいずれも約1.5倍上がっていた」というのだから。離婚していなければ節約できた2005年度の電力量は、なんと日本の大型原発の6基分の年間発電量にあたるというから驚きだ。
 
EPSON007.jpg
もう一つ気になったのは、たしか半年ほど前に読んだ「熟年夫婦、夫といると妻寒い」という記事だ。
ダイキンの調査によると、「結婚して20年以上たつ男女に、二人で過ごすときの心理的な体感温度を聞いたところ、妻の4割が気分を害すなどして下がると答えた。夫のほうは約2割だった」
「体感温度は、気温や湿度、風のほか、心理状態も影響するといい、気分が悪くなると体感温度が下がったと感じるようだ」とのこと。
 
では、物理的に体感温度が良好な家に住んでいるとしたらどうだろうか?
家にいることが楽しくてならない、ストレスを感じない。冬暖かくて、夏涼しくて、梅雨時にジトジト、ベタベタしない爽やかな家に住んでいるとしたら。
夫婦の関係は、そうでない家に住む場合と比べて、はるかに良好になると私は思う。
住み心地を、「いいなー、いいなー」と感じるのと、「悪い、嫌だ」と感じて暮らすのでは、まるで違ったものになるはずだ。
住み心地の良い家は、間違いなく省エネであり、夫婦の関係の温暖化に役立つと私は確信している。

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2007年12月03日(月)

世界のトップレベルの断熱性能

IMG_6439.jpg
     (T邸で通気胴縁を固定する佐藤大工さん)
 
西方里見著「外断熱が危ない!」によれば、「語られていない外断熱のデメリット」として一番目に「外断熱の厚さは50mmが限界」だと決めつけている。
しかし、マツミの家では基礎100mm、屋根・外壁共に50+40=90mmの二層張りでも施工している。(100mmにしないのはTIPの板が12mm付加されるからである)
外断熱だけで、つまり充填断熱を足さなくてもQ値1.0(世界のトップレベルの断熱性能)の実現を目指している。
西方氏によれば、断熱材を50mm以上にすると固定することが難しいので外壁が垂れ下がる危険があるという。
しかしそんな心配は無用である。写真の家は総タイル張りとなるのだが200mmの長さの専用ビスでしつかりと通気胴縁を固定している。

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2007年12月01日(土)

宮田耕八朗先生

DSC_0037.JPG
(二階にある娘さんの書斎)
今日は、尺八の演奏家として知られている宮田耕八朗邸のお引渡しをした。
(宮田さんは、1938年東京に生まれる。 1955年尺八を始める。流派に属さず独自の技法を開拓。1976年カーネギー大ホールに於いて自作の「鶴の巣ごもり」の演奏が好評を博し、ニューヨークのノンサッチレコード社より尺八本曲のレコードを発売。90年代にCDになり更に売上げがのびている。 1981年ユーゴスラヴィアのザグレブ音楽祭に客演として参加。 1993年国際交流基金派遣文化使節として宮田耕八朗室内楽団をひきいてブカレスト、ブラチスラバ・プラハ・モスクワに於いて自作のプログラムによる演奏を行っている)
帰ってきてから頂戴したCD「みずほのうた」を一人地下室で聞いた。
相川伸一郎先生の「天の川の使い」を眺めながら。
宮田さんは、「みずほのうた」をこんな風に解説されている。
 
東京生まれながら、幼い頃しばらく田舎で農作業の手伝いなどをして育った私には、緑の水田も黄金色の波打つような稲穂も、たまらなく好きな風景です。
 
緑の水田 収穫への期待
水ぬるみトンボが飛びアメンボが泳ぐ夏
黄金色の稲穂の波と 喜び 歌 踊り
 
そして現在、急速に失われてゆく水田への追憶と告発の意志をこめて・・・
遠い山並みに沈む大きな夕日を想いながら、曲を終わります。
  
宮田さんの曲は、「天の川の使い」をモチーフにして作曲されたかのように聞こえた。
天の川の使い.jpg

橋の上に立つ二人の子どもは、生きとし生けるもの象徴として光り輝いている。しかし、流れ降る蛍の光のようにはかなくも見えるのだ。
それ故に、幸せを願わずにはいられなくなる。
画家は、子供たちだけではなく、山の木々にも、川の小魚たちや草々を撫でてゆくそよ風にも限りない愛情を注いでいる。
尺八の音は、琴の音と絶妙なハーモニーをなして、天空に舞い上がり、ときに川面を這い、山間にこだまし、慈悲の響きを切々と聞かせるのだった。
 
私はご両人のような素晴らしい人と巡り会えたことに心から感謝しつつ、しばし感動にひたっていた。
 
宮田耕八朗作曲・演奏の「みずほのうた」のCDを、50名様にプレゼントします。メールでお申し込みください。

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