<< 言わずもがなのことを言う | メイン | どうしてもマツミの家に >>

2008年06月23日(月)

私の代だけ納得できる家

メーンバンクである西武信用金庫の総会に出席した。
業績は予想より順調で、伸び率は全国4位であったとのこと。
新理事が発表されたのだが、そこにTさんの名があった。
20年ほど前、花小金井支店で貸付担当をしていたときにたいへんお世話になった人だ。クールな貴公子然とした容姿のせいで最初はとっつきにくい感じがした。しかし、話を始めると終始笑顔を絶やさず、的確に融資の道筋をつけてくれた。
私は、会うたびにオーラを感じた。
「この人は伸びる」
そう感じる人と出会い、いつまでも思い出を共有できるとしたら素晴らしいことだと思う。
不思議なもので、花小金井支店の貸付担当者には出世する人が多い。

休憩の合間に、異業種で大活躍しているNさんから唐突に質問を受けた。
「200年住宅についてどうお考えですか?」と。
私は、一瞬答えに戸惑った。
「あれは福田総理の思い付きに、国土交通省の役人が、まあ予想外に食いついた、と言う感じです」
Nさんは語気を強めた。
「あの提案は、無茶苦茶ですよ。まったく不要なものです。200年もつ家にどんな意味があるというのですか?
子どもの代ですら、どうなるか分からないのに、孫や、ひ孫の代まで誰が想定できますか?
夢があるようで、実は夢のないことです。
200年もたせよ、と言うからには、工法も、資材も限定せざるを得ないでしょう。つまり、縛りが巾をきかせるということです。それでは、家造りの自由が奪われることになりませんか?
自由がない家づくりには夢がありません。
松井さん、そう思いませんか?」

200年住宅については様々な意見が出されているが、「夢」や「縛り」という論点には接したことがない。
「なるほど」
私は深くうなずいた。
「200年住宅の本当の狙いはどこにあるかです。
確かなことは、役人にとって都合が良いメニューがつくられて、保証や保険がセットになって、審査や検査ばかりが厳しくなり、喜ぶのは大手ハウスメーカーであって、町場の良心的な造り手がどんどん減っていくということです」
Nさんは、まるで工務店の行く末を見通すかのような見解を語った。
そして最後に、こんなことを言われた。
「松井さんは立場上、積極的に取り組む以外にはないでしょう。私のようなことを言ったら、客離れが心配になるはずです。
200年住宅は、長期の展望があるようでまるで想像力が乏しい馬鹿げた提案ですよ。私は、そのうち松井さんに家を建てていただく予定ですが、私の代だけ納得できる家をお願いしますよ」と。

考えてみると、それは200年住宅を造るよりも難しい。
国が推奨する基準に従って、保証や保険に適合するような家を造る方が実は易しいのである。
なぜなら、「私の代だけ納得できる家」は、上質な住み心地が絶対条件となるからだ。
200年もつということよりも、その条件を満たす家の方がはるかに価値があることをNさんは知っている。
しかし、福田総理をはじめとして、国土交通省のお役人さんたちは知らないようだ。

カテゴリー: 投稿者 :松井


 
PAGE TOP