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2009年06月28日(日)
「ミラノ霧の風景」
「ミラノ霧の風景」―この本のとりこになっている。
ミラノに行ったのは、10年も前だったろうか。
コモ湖の近くに建つボリーニさんという知人の家を訪ねた。
季節は初夏で、駅に出迎えに来てくれたボリーニさんの車のエアコンが故障していて道中暑かったのを覚えている。
ミラノに霧が出る。しかも、2メートル先も定かに見えないような濃い霧が。
そんなことはとても想像できない風景を眺めた旅だった。
だから、偶然の導きで、須賀敦子さんの「ミラノ霧の風景」(河出文庫)と出合ったとき、思わず手に取っていた。
最初のエッセイ、「遠い霧の匂い」の一部である。
「もう二十年もまえのことになるが、私がミラノに住んでいたころの霧は、ロンドンの霧など、ミラノにくらべたら影がうすくなる、とミラノ人も自負し、ロンドンに詳しいイタリアの友人たちも認めていた。年にもよるが、大体は十一月にもなると、あの灰色に濡れた、重たい、なつかしい霧がやってきた。朝、目がさめて、戸外の車の音がなんとなく、くぐもって聞こえると、あ、霧かな、と思う。それは、雪の日の静かさとも違った。霧に濡れた煤煙が、朝になると自動車の車体にベットリとついていて、それがほとんど毎日だから、冬のあいだは車を洗っても無駄である。ミラノの車は汚いから、どこに行ってもすぐにわかる、とミラノ人はそんなことにまで霧を自慢した。
夕方、窓から外を眺めていると、ふいに霧が立ちこめてくることがあった。あっという間に、窓から五メートルと離れていないプラタナスの並木の、まず最初に梢が見えなくなり、ついに太い幹までが、濃い霧の中に消えてしまう。街灯の明かりの下を、霧が生き物のように走るのを見たこともあった。そんな日には、何度も窓のところに走って行って、霧の濃さを透かして見るのだった。」
さりげない表現なのだが、濃い霧が風景を見えなくしていくにつれて、著者の心象風景を見たくなり、知りたくなってひきこまれていく。
今日の朝日新聞、「著者に会いたい」は「須賀敦子を読む」だった。
そこで、この本が著者の初めてものであり、出版したとき61歳で、その後5冊の本を手がけ69歳で亡くなられたことを知った。
一行、一行が心にしみいってくる。
カテゴリー: 投稿者 :松井









