外断熱の「マツミの家」/松井修三の”思ったこと、感じたこと” http://matsumi.com/blog/ 松井修三の”思ったこと、感じたこと” ja 2009-07-04T23:47:44+09:00 強いブランドは皆、“うれしさ”を売る http://matsumi.com/blog/archives/2009/07/post_914.html 片平秀貴「世阿弥に学ぶ100年ブランドの本質」(ソフトバンククリエイティブ)を読んだ。
その出だし、「強いブランドは皆、“うれしさ”を売る」を読んで、「心くすぐるハーレー」は、「乗らなきゃ損するハーレー」に変わりつつある。

2009年5月16日、静岡県御殿場の富士スピードウェイ。全長5キロに及ぶレーシングサーキットを大型バイクが埋め尽くした。大行進の最後尾のバイク軍団に先頭の一群が追いつき、サーキット全体がクロームに輝く大型バイクのリングと化した。バイクに跨るのは全国から集まったハーレーダビッドソンのオーナーとその家族たち。「チャプター」と呼ばれる各地域のオーナーグループごとに分かれて自慢のフラッグをなびかせ、満面の笑みを浮かべながらスタンドに手を振る。その数は、行進したバイク千余台、スタンドで手を振るオーナーたちを含めると三万数千人に達し、参加者たちは皆、夜遅くまでハーレーダビッドソン ジャパンの最大の年次イベント「富士ブルースカイへブン」を楽しんだ。
よく知られているように、ハーレーダビッドソンは09年に創業106年になる米国製大型ブランドだ。しかしながら、米国本社もその日本法人であるハーレーダビッドソン ジャパンも、世界の他の二輪車、四輪者ブランドと違って、卓越した商品を売るというよりも、その商品を媒介に「ハーレーと暮らす楽しみ」を売ることを一貫して重視してきていることは意外と知られていない。(中略)
このハーレーダビッドソンに限らず、強いブランドの多くは、顧客に“楽しみ=うれしさ”を提供することをすべての行動の原点としている。

マツミの家づくりが目指すのも正にその点だ。
久保田紀子さんは、常日頃言っている。
「住むことがうれしく楽しい家、それこそが“いい家”である」と。

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松井 2009-07-04T23:47:44+09:00
「判断は正しかった!」 http://matsumi.com/blog/archives/2009/07/post_913.html http://taiseiblog.blogzine.jp/taiseiblog/2009/07/post_ffd2.html「ソーラーサーキット(SC)の家」が、「新換気SA−SHEの家」に進化したことについて、「やはり松井会長の判断は正しかった!SCからSA-SHEへの変換は正解であったと今確信しました」と、大阪「大成」の小倉社長が書いている。
今になって確信されたということは、これまでは疑っていたということなのか、などと野暮なことは詮索すまい。
そもそも何事も進化しないものはすたれていく。進化しそこなったものもまた同じ。
ソーラーサーキットがいい例になりつつある。温度センサーでダンパーの開閉をする「SCナビ」は、ものの見事に後者に当てはまる。
ところが、進化を恐れ、「いい家」をつくる会を退会してソーラーサーキットに戻った造り手が数社あった。
住む人の幸せよりも、目先の利益を求めたからであろう。
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写真は、今日、国分寺の紀伊国屋書店で撮った。
「いい家は無垢の木と漆喰で建てる」の著者は、機械換気を義務付けたのは法律の横暴で許し難いと主張している。
〔さらに「いい家」を求めて〕の隣に、「棟梁が教えるいい家の建て方」という本がある。
著者は、数奇屋建築、寺社建築が得意だそうだが、肝心な断熱の方法と換気については、知識も経験も乏しいようでほとんど触れていない。
どんなに材料にこだわっても、その二つに無頓着では住み心地の良い家はできるわけがない。

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松井 2009-07-03T22:45:22+09:00
心くすぐる ハーレー http://matsumi.com/blog/archives/2009/07/post_912.html ハーレー.jpg
2008年11月20日の読売夕刊「心くすぐる ハーレー」の記事をデスクの前の壁に張って、毎日眺めている。
写真は、ビッグツインを搭載したソフテイル・ロッカーC。
記事の一部である。
<ソフテイルに搭載されているのは、Vツインの中でも特に、「ビッグツイン」と呼ばれる排気量の大きい1584ccのエンジンだ。1936年以来、ハーレーは、エンジンの燃焼室に取り込む空気と燃焼後に送り出す排ガスを制御する開閉弁(バルブ)の駆動にOHVという方式を採用している。OHVは、重い車体を発進させる場合などのトルク性能に優れ、大型車に適している。OHVのツインエンジンは、「ドドドッ、ドドドッ」という独特な音を出す。このエンジン音は、心臓の鼓動に例えられることも多く、ユーザーから根強い支持を集めている。>
記者も相当に心をくすぐられているようだ。
 
「ドドドッ」
その音を生まれてはじめて聞いたのは、小学4年生のときだった。放課後の校庭に、突然、真っ赤で図体の大きなオートバイが出現したのだ。
乗ってきたのは「まっさん」と呼ばれ、町で変人として畏敬されていたおじさんだった。
「これが、ハーレーだ!」
「ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ」
まっさんは、群がった子供たちの肝っ玉をなんべんも揺さぶり、震え上がらせた。
学校からの帰り道、「いつかはハーレーに乗ろう」と、興奮冷めやらず友達と語り合ったのを覚えている。
 
しかし、50歳を過ぎて乗ったのはホンダの赤の「マグナ」。カナダから逆輸入された750ccである。ソフテイルを写真で見るかぎりでは大きさとスタイルが似ている。
「これなら乗れるのでは?」
半年過ぎて、思いが強まるばかり。同時に、反対する人たちの顔も思い浮かぶのだ。そこで、トレーニングを続けている。いまは毎日80回、6キロのバーベルを持ってのスクワット。150回できるようになったら、反対を押し切る自信がつきそうな気がしている。

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松井 2009-07-01T23:48:02+09:00
「正直な家造りがしたい!」 http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_911.html 「住む人のことを第一に考え、正直な家造りができるなら、こんな幸せなことはありません」と履歴書に書いたのは、中途採用した一級建築士の笹森崇子である。
1999年、〔「いい家」が欲しい。〕が出版された年に武蔵野美術大学建築学科を卒業し、青森で父親が経営する工務店で働いていた。
7年前に、父とともに私の本を読んで、外断熱の家に挑戦した。
「松井さんのところで働かせてもらえたらどんなにありがたいことか」と、父は願ったという。
話を聞いて、即座に採用を決定した。小柄だがバイク、スキー、スノーボードが大好きだそうだ。

同じく、中途採用したのが小林あさみ。二級建築士、インテリアコーディネーター、照明コンサルタント。日本大学商業科卒。
やはり私の本を読んで、「いつかはマツミハウジングで働きたい」と思い続けていたという。

設計部は、一級建築士の長谷川さやか、子育てのため非常勤で働く一級建築士岡部亜希を交えて女性は四人となった。

7月22日から、一級建築士三沢大晃(ひろあき)が入社する。笹森の3年後に武蔵野美術大学建築学科を卒業し、個人設計事務所でみっちりと修行を積んできた期待の人材である。
みんな、「正直な家造りがしたい」と口をそろえて言う。
 
今日、中野区のK邸のお引渡しがあった。
一緒に行った笹森は、新築特有の臭いがなく、空気が気持ちよいと感心していた。設計を担当したのは先輩の長谷川だったので、一日も早く追いつき追い越したいと思ったことだろう。

ところで、「いい家」をつくる会、大阪の「大成」さんのブログによれば、「新換気SA−SHEの家」が注目を集めているようだ。
http://taiseiblog.blogzine.jp/taiseiblog/2009/06/sashe_03ed.html

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松井 2009-06-29T23:01:31+09:00
「ミラノ霧の風景」 http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_910.html 「ミラノ霧の風景」―この本のとりこになっている。
ミラノに行ったのは、10年も前だったろうか。
コモ湖の近くに建つボリーニさんという知人の家を訪ねた。
季節は初夏で、駅に出迎えに来てくれたボリーニさんの車のエアコンが故障していて道中暑かったのを覚えている。
ミラノに霧が出る。しかも、2メートル先も定かに見えないような濃い霧が。
そんなことはとても想像できない風景を眺めた旅だった。
だから、偶然の導きで、須賀敦子さんの「ミラノ霧の風景」(河出文庫)と出合ったとき、思わず手に取っていた。

最初のエッセイ、「遠い霧の匂い」の一部である。
「もう二十年もまえのことになるが、私がミラノに住んでいたころの霧は、ロンドンの霧など、ミラノにくらべたら影がうすくなる、とミラノ人も自負し、ロンドンに詳しいイタリアの友人たちも認めていた。年にもよるが、大体は十一月にもなると、あの灰色に濡れた、重たい、なつかしい霧がやってきた。朝、目がさめて、戸外の車の音がなんとなく、くぐもって聞こえると、あ、霧かな、と思う。それは、雪の日の静かさとも違った。霧に濡れた煤煙が、朝になると自動車の車体にベットリとついていて、それがほとんど毎日だから、冬のあいだは車を洗っても無駄である。ミラノの車は汚いから、どこに行ってもすぐにわかる、とミラノ人はそんなことにまで霧を自慢した。
夕方、窓から外を眺めていると、ふいに霧が立ちこめてくることがあった。あっという間に、窓から五メートルと離れていないプラタナスの並木の、まず最初に梢が見えなくなり、ついに太い幹までが、濃い霧の中に消えてしまう。街灯の明かりの下を、霧が生き物のように走るのを見たこともあった。そんな日には、何度も窓のところに走って行って、霧の濃さを透かして見るのだった。」

さりげない表現なのだが、濃い霧が風景を見えなくしていくにつれて、著者の心象風景を見たくなり、知りたくなってひきこまれていく。

今日の朝日新聞、「著者に会いたい」は「須賀敦子を読む」だった。
そこで、この本が著者の初めてものであり、出版したとき61歳で、その後5冊の本を手がけ69歳で亡くなられたことを知った。
一行、一行が心にしみいってくる。

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松井 2009-06-28T23:43:06+09:00
うれしさで胸がいっぱい! http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_909.html 契約が終わって、ご主人さんは感慨深げに言われた。

3年前に、こうして契約する予定でいたのです。
あのとき購入しようとしていた横浜山の手の土地は、とても気に入っていたのですが、川上さんに隠れていた問題点を指摘され、いろいろと交渉を重ねたのでしたがとうとうまとまらず購入を諦めました。
本を読み、勉強会に参加して、よーし、マツミの家を建てるぞ!と気合が入っていましたから、土地が買えなくなったショックはとても大きなものでした。

その後、土地を探し求め続けたのですが気に入るところが見つからないのです。
その間に、住宅本を片っ端から読んでいました。
西方里見さんの〔「外断熱」が危ない!〕、松本祐さんの「外断熱住宅の落とし穴」、山本順三さんの「無暖房・無冷房の家に住む」、神崎隆洋さんの「いい家は無垢の木と漆喰で建てる」など、とにかく読み漁りました。
しかし、他の本を読めば読むほど、松井さんの本の理念に惹かれるのです。そして、松井さんのブログを読み続け、ホームページを隅々まで見ていたのですが、ある日家造りが、ソーラーサーキットではなく「新換気SA−SHEの家」に変わったのを知って驚きました。シロアリ対策もターミメッシュではなくなったのです。
でも、マツミの家を建てたいという気持ちは強まるばかりでした。
念願が叶って、やっと納得できる土地を見つけることができ、川上さんに連絡しました。
「新換気SA−SHEの家」について説明を受け、3年前に土地が買えなかったのは、かえって良かったのだと思いました。
今日、こうして契約にたどり着け、本当にうれしく思っています」

ご主人の傍らで、奥さんはハンカチを目に当てられ大きく頷かれた。
私も、うれしさで胸がいっぱいだった。

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松井 2009-06-25T23:31:59+09:00
BMW Z3 http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_908.html P1040873.jpg
昨日は、新宿の京王プラザホテルで開かれた西武信用金庫の総代会に出席した。
問題のない会社の株主総会と同じで、今年も「異議なし!」の連発で滞りなく議事は進行した。
終わってパーティーが開かれたのだが参加せず、建て前の現場へ向かうために地下駐車場へ下りた。
私の車の隣に、手入れの行き届いた濃いブルーの「BMWZ3」が止まっていた。女房が「Z4」に乗っているので興味を惹かれ、どこが違うのか眺めていた。
そこに、品の良い50代と思える女性が現れた。
私は思わず声を掛けてしまった。
「Z3もいいですねー」と。
夫人は、ちょっと驚いた様子だったがすぐに笑顔になって、
「もう、10年近く乗っているのですよ」と答えた。
「つい最近、Z5が出ましたよね。試乗したのですが、女房は3年乗っているZ4の方が好きだと言ってます」
「私はこのZ3が大好きで、年々愛着が湧いてきて、この車以外に乗る気になれません。娘がぜひ譲れって、うるさいのです」
夫人と娘さんは、カッコよくて、乗り心地が良くて、安全で、飽きがこないデザインに惚れているのだろう。
そんな家を造りたいものだ、と思いつつ、246号から東名を走るドライブは爽快だった。
 
A邸は、川崎市麻生区に建つ。
娘さんと三人家族。親子、孫と引き継がれるにつれてますます愛着が深まる家になりますようにと、そっとヒノキの柱に願いをかけた。

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松井 2009-06-24T21:24:49+09:00
息子の家で塗りおさめをしたい http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_907.html P1040839.jpg
横浜事務所の駐車場に、白い車体をピカピカに磨いた中型トラックがバックで入ってきた。
整理された荷台の真ん中にバケツがいくつか積んであって、その一つに、手入れの行き届いた左官道具が入っているのが見えた。
「勉強会のときに、左官屋さんが何の用事で来たのだろう?」
 
やがて玄関を職人風の年配の男性が入ってきた。
応対した久保田さんにこんな話をした。
「私は左官屋です。息子から家選びを任されていろいろなところを見て歩いています。もうそろそろ引退を考えているのですが、息子の家で塗りおさめができたら、幸せだと思っています。
それには、息子だけでなく、私も納得できる家を選びたいのです。これまでに数々の家の左官工事に携わり、このところは、あちこちの家造りを見させてもらっているのですが、なかなかこれぞという家を見つけることができません。
でも、松井さんの本を読んですごく心が惹かれましてね、勉強会に来たのです」
私は、「息子の家で塗りおさめをしたい」という左官屋さんの思いに心打たれた。
 
左官屋は、家の中の壁を塗る場合にはすでに下地が出来上がっているし、外部の壁を塗る場合も同様であり、断熱工事を見る機会がほとんどない。
家造りの急所は、構造・断熱の方法・依頼先にある。肝心な「断熱の方法」を知らずして「いい家」にはならないのだ。
左官屋さんは、7年ほど前に無垢の木と漆喰で自宅を建て替えたという。しかし、冬は寒く、温度差でつらい思いをしていると嘆いた。
なぜ、そうなったのか?
私は、一時も早く教えてあげたくて、勉強会の話の順番を変え、まっ先に話をすることにした。
 
勉強会が終わって、じっくりと体感した後で、左官屋さんは言った。
「この家です!私がさがし求めていた家は」と。
そして、どのくらいの予算を考えておいたらよいのかと質問された。
私の答えを聞いて、左官屋さんは深くうなずいて言った。
「安い家で良いものはありません。私も長年家造りに携わってきましたが、つくづくそう思っています」
 


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松井 2009-06-21T23:46:15+09:00
父への思い http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_906.html IMG_3304.jpg
真夏のような日差しの下で、相模原市のI邸の地鎮祭が行われた。
終わって、植木と庭石の移動の話になった。
庭石をどうしたらよいのか、ご家族の意見が分かれた。
私のアドバイスで処分することに決まったのだが、話の最中に、同居する妹さんが土で汚れた石をいとおしそうに撫でていた。

設計担当の大畠から入った報告のメールに、「庭づくりは亡くなられた父さんがお一人でやられたそうです」とあった。
読んだ瞬間に、妹さんのしぐさが思い浮かんだ。きっと父の温もりを感じ取ろうとしていたに違いない。私の意見は、父への思いを処分したほうがいいと言ったに等しいではないか。
「お父さんに、なんとしても喜んでいただけるいい家を造ろう!」
そう、返事のメールを打って、ようやくベッドに入る気になれた。

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松井 2009-06-20T23:44:44+09:00
夢を語り合える同志 http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_905.html 八王子のK邸の現場で、棟梁の遠藤さんがシンドバッドを思わせるような帽子を被って仕事をしていた。
「相変わらず若々しいね」と冷やかすと子供のようにはにかんで、
「俺には夢があるからよー」と言った。
「ほー、夢?!」
同行していた久保田さんが、
「遠藤さん、夢って?ぜひ聞かせてください!」とせがんだ。
すると遠藤さんはなお一層はにかんで、
「いまはまだ言えないなー」と笑った。
二階で仕事をしていた弟子の仲道さんが、聞き耳を立てながら下りてきた。
「私もぜひ聞かせてもらいたいです」
三人の願いも叶わずとうとう聞き出せなかった。
しかし、遠藤さんの表情には夢のある人しか持てない輝きがあった。

帰りの車中で、久保田さんが言った。
「遠藤さんとのお付き合いは、創業する前からですよね。ということは、40年以上・・・。私が小学生の頃からですか。すごいなー。そんなお付き合いができるなんて、うらやましい感じがします」
「たしかに、40年の付き合いってそうできるものではないですね。でも、杉江さん、高橋さん、古川さんもそうですよ。みんな“いい家”を造る同志という感じです」
私はふっと彼らと知り合った頃を思い出し、その話をしようとした矢先に久保田さんが弾んだ声で、
「なんでしょう?遠藤さんの夢って。とても気になりますね。船で世界一周かな?それとも、車で日本一周かな」と尋ねてきた。
遠藤さんの仕事に惚れきっている久保田さんは、気になって仕方がない様子だった。私が答えあぐねていると、
「そんな夢ではなさそうですね。松井さんは分かっているのでしょ?」と、探りを入れてきた。
「私にも分かりません。でも、40年以上も互いに夢のあることを語り合える同志でいるって、すばらしいことだと思いませんか?」
「思います。夢が何か、ということよりも、そのほうがすばらしいですね。感動します」
「夢のある人って、輝いているなー」
「遠藤さん、ケガや事故するなよ!」
私は心の中で叫んだ。

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松井 2009-06-17T23:43:01+09:00
現場を見る http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_904.html IMG_3253.jpg
現場回りをしたのだが、「新換気SA-SHEの家」が造られていく過程を見ると興奮を覚える。
大工さん、職人さんたちが誇りをもって仕事をしているのがよく分かるからだ。
西村棟梁は自転車が大好きで、毎日現場へ自転車で通っている。
そのせいか、40代半ばではあるが筋肉質でスマートで、動きに切れがある。一室を書斎のような趣にして、造作に腕を奮っていた。
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伊東棟梁の現場は規模が大きいので、20代、30代、40代の大工さんが6人入っている。みんな一心不乱に働いていて、すごいエネルギーを発揮していた。目が合うと、みんないい笑顔を見せてくれた。
たまたま、松木専務と現場監督の伊藤が居合わせたので昼食を共にした。
新換気に関する工事の問題点、お客様のエピソード、最近読んだ本、話題の映画など話は盛り沢山で、1時間ほどがあっという間に過ぎた。
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午後から、阿部棟梁の現場へ行った。
棟梁となって2棟目なのだが、ヒノキの柱に負けない男の色気と自信を発して頼もしく見えた。「仕事が人をつくる」という言葉どおりに成長が著しい。
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スマートブラバスのS邸の基礎工事は、鉄筋を組む作業があらかた終わろうとしている。地中梁一体打ち基礎である。
Sさん夫妻は先日現場をご覧になられて、「ようやく、家を建てるという実感が湧いてきた」と喜ばれていたそうだ。

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松井 2009-06-16T22:39:38+09:00
「うわーっ、汚い、なーに、これっ!」  http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_903.html P1040660.jpg

息子に新換気のフィルターの掃除をさせました。
小屋裏から「ウワーッ、なんだこれは!」と絶叫が聞こえてきます。
その声に娘が見に行って、
「うわーっ、汚い、なーに、これっ!」
と、同じように騒いでいます。
私も見に行きました。
空気浄化装置のプレフィルターの手前にセットしておいたレンジフード用のフィルターが写真のように汚れていて、小さな虫がてんこ盛りの状態でした。
それを見た娘が言いました。
「この換気、気味悪い」と
「だけどさ。もしこの装置がなかったら、あなたがこの虫と汚れを吸っているんだぜ」
と、息子がしたり顔して説明しました。
「虫なんか吸うわけがないでしょ」
「でも、ホコリは吸うに決まっている」
「前はどうなっていたの?」
「第三種換気のときは、あなたの部屋の壁に開いていた穴から外の空気が入っていたの。この辺りの空気は、東名高速道路や246号線、アピタ渋滞などの車の排ガスでどんどん汚染されているのよ」と、私が説明。
「ということは、あなたもボクも直接このように汚れた空気を吸い続けていたということ」と息子。
「友達の家には、換気装置などついていないよ。どうしているのだろう?」
「それは、たぶん隙間だね」
「ここにフィルターを付けれるところが、この換気システムのすばらしさなの。他のものは、抵抗になってしまって空気を満足に部屋に供給できなくなってしまうのよ。
私たちは、どの部屋、どこにいても常にきれいな空気を吸える。犬の臭いに悩まされることもなくなった。ぜんそくも起きなくなった。
梅雨入りしたというのに、家中がさわやか、さっぱり。
こんな家に暮らせることに感謝しなくては」

それから三人で話し合いました。
きれいな空気はただでは吸えない。フィルターの掃除を心掛けよう。
毎月11日を空気に感謝する日と定めよう。
その日の前後には、順番でフィルターの掃除をする。
大学生活で頭がいっぱいの娘も参加を約束してくれました。
 
実は、私も汚れのひどさに驚いていたのです。
わずか3カ月でこんなにも汚れるのかと。
でも、驚くとともに新換気の威力といいますか、効果にも感動しました。
これだけの汚れを24時間黙々と除去し続けていてくれるのですから。
 
<外気は、新鮮であってもきれいではない。
住む人が、いつもきれいな空気を吸える家、それこそが「いい家」なのだ>
松井さんの考えの正しさを、子供たちも実感したようです。(久保田紀子)

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松井 2009-06-14T08:57:57+09:00
綾戸智恵さん http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_902.html 忘れられないのは、東京・サントリーホールでの七周年のコンサートです。いつものように車椅子を押して会場入りしたんですが、開演直前になって母が突然「トイレ」と言い出したんです。しかも大のほう。舞台衣装の白いシャツの袖をまくってエプロンをつけて、母とトイレへ直行です。
開演五分前のベルを聞きながら、「ゆっくりね、ゆっくりね。焦ったらよけい出なくなるのだから」。
結局十五分遅れで最初の一曲をダーン!とやった後、お客様に頭を下げました。
「私ごとですみません。実は母をトイレに連れて行っていました。皆さんに十五分だけ甘えました」
ワーッと拍手がわいて、「日本一!」と声がかかりました。でも、そのとき思ったんです。いつか十五分じゃすまなくなる日がきっとくる。そして私は「休もう」と決意したんです。(PHP7月号より)
 
こう語っているのは、ジャズシンガーの綾戸智恵さんである
四年前に脳梗塞で倒れた母を、コンサートのときにも車椅子に乗せて一緒に行くのだそうだ。
綾戸さんは「ない」というような否定語は使わないことにしているという。
この話を、今夜食事をともにした長男との会話の最中に思い出した。
コンピューター関連の仕事に携わっている彼が、「相変わらず仕事がない」と言ったので、「そのような否定語は使わないようにした方が運勢がよくなる」とアドバイスした。
すると彼はすかさず応じた。
「たしかにそうかもね。では、こう言い直すよ。
このところゆとりの時間が増えました」
「ああ、いいね。その表現」
 
綾戸さんは言う。「休む」は次また動き出すための準備であり、自分を「養う」ことだと。母の介護をそのように受け止められる心の持主の歌声を、ぜひライブで聴いてみたい。

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松井 2009-06-12T23:28:54+09:00
地鎮祭の服装 http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_901.html 地鎮祭に着ていく服装は、お客様とあまりかけ離れた雰囲気でないように心がけている。
今日のお客様は、職業柄きっとラフな格好で来られるだろうと推察し、グレーのものにした。ところが、ご夫妻をはじめご両親も黒のフォーマルであった。
村上龍著「無趣味のすすめ」幻冬舎の中に、「どんなフアッションで臨むのか」という項目がある。村上さんも選択を間違えたときがあって、「わたしは自分の格好を恥じた。礼を失ったような気がしたのだ」との思いを記している。
私も同じ思いで恥じたのだが、その反対の場合にも心穏やでなくなることがある。お客様にフォーマルで来るべきだったというプレッシャーを与えるようで気が引けるのだ。この年になって着る黒のフォーマルは、少なからず威圧的に見えるからだ。
 
ある地鎮祭で、ご主人がイタリアンカットの褐色の素敵な靴を履いていた。その日の私の服装とお客様のとは程よい調和だったが、靴の光沢と高価さにあまりにも差があった。
私の靴は、整地作業をしたので泥で汚れたままだった。玉櫛を捧げるために神前に進むとき、私は靴を恥じてよろけそうな感じがした。
 
天気も良し、服装の調和も良しという地鎮祭は、そうあるものではない。

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松井 2009-06-09T23:55:07+09:00
一歳四ヶ月の地鎮祭 http://matsumi.com/blog/archives/2009/06/post_900.html P1040634.jpg
杉並区西荻窪のH邸の地鎮祭には、英利香ちゃんという1歳4ヶ月の赤ちゃんが参加した。
約30分間にわたる儀式の最中、英利香ちゃんは立ったままでいた。
いつぐずり出すのか、心配していたのだが一向にその様子を見せなかった。それどころか、まるで地鎮祭の意味を理解しているかのように終始神妙にしていた。
その小さな後姿は次第に健気さを増して見え、いい家を造るという覚悟を新たにさせられた。
 
H邸の二軒となりには2月に完成したばかりのS邸がある。
Hさんは、S邸の工事を見ていてマツミに依頼してくださった。
Sさんのところに挨拶に行ったのだが、ご夫妻はわが事のように地鎮祭を喜んでくださった。
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11時から、国分寺でK邸の地鎮祭が行われた。
市役所どおりに面する大変目立つ場所なので、身が引き締まる思いがする。
無事、予定通りに完成お引渡しすることを、神前にお誓い申し上げた。
 
勉強会には二組のお客様が参加された。
一組の方は2000年に本を読まれて、建てるときがきたら必ず私に依頼しようと心に決められていたという。
もう一組の奥様は、私の本を読んで、住む人の幸せを願う姿勢に感動し涙が出たと話してくださった。
私と久保田さんと社長が、「いい家づくり」についてそれぞれに心を込めてお話した。

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松井 2009-06-07T21:50:49+09:00