思ったこと、感じたこと

2003年12月6日

第7回 藍染作家 形山榮依子さんを 訪ねて


    ●きっかけ
   
  マツミハウジングの東京体感ハウスに、「この作品は?」と興味惹かれる藍染の作品が掛けられていた。水着姿の女性と犬が、海に泳ぎ出そうとする瞬間が描かれている。
  藍染めって、こんなにも躍動感を表現できるものなのかと驚いて松井さんに「この作品は、どなたのものでしょうか?」と尋ねた。
  「これは3年ほど前に、藍染工房のあるマツミの家を建てさせていただいた方からプレゼントされた藍染です。その方の家を造るとき、家の中に二つの大きな藍甕(あいがめ)を設置するのに大変苦労しました。この作品は、工房ができたお礼にと頂いたのですよ」と説明された。
  私はそのときに「一度ぜひ、その工房に連れて行ってください」とお願いした。
  その願いが叶って、東京都昭島市の住宅街の一角にあるお宅を訪問することになったのは、小雨降る肌寒い日だった。
 
 
  ●独自の技法
 
  インターホーンを押すと、玄関のドアが開いて藍染作家の形山榮依子さんが出迎えて下さった。小柄な方ではあるが声につやがあり、色白のお顔の眼鏡越しの瞳には活力が溢れていた。手作りと思われる藍染めのズボンのひざ当てが可愛らしくて、初対面の緊張を和らげてくれた。
  形山さんは、長年の試行錯誤の末に考え出した当て布を使う独自の技法で藍染をしているという。20年以上に及ぶ継続した努力の甲斐があって、その技法を用いることで絵を描くように表現が自由にできるようになり、作品の巾が広がったとのことだった。現在は現代工芸の本会委員にも選ばれている。
 
  玄関を入って左手にある工房のドアを開けると、8畳ほどの部屋の中央に、藍甕が二つ埋め込まれていた。その甕は徳島県の「大谷焼き」で、傍らに置かれたポリ容器と同じ大きさであるとのこと。
  「えっ!こんなに大きな甕が埋め込んであるのですか?」
  私は、思わず叫んでしまった。入ったら、胸まですっぽりと納まってしまうほどの大きさだったからだ。
  「なるほど、これだけ大きな甕を二つも作家の期待どおりに設置するのはさぞかし大変なことだったろう」と、松井さんの苦労がうなづけた。
 


    ●藍は生き物
   
  形山さんは優しい目で、「藍は生き物なのですよ」と話し始めた。
  3つの藍甕には、それぞれ藍色と土色が混ざったような複雑な色合いの藍液がたっぷり入っていた。
  藍液を作る最初の工程は、藍草を醗酵させた「すくも」に日本酒とふすま(小麦の皮)と石灰を混ぜ合わせる。この工程を「藍を建てる」と言う。
  藍を建ててから、その液の表面に油膜のようなものが一面に出たら、中石といい、さらに石灰を足し混ぜ合わせる。すると泡が浮き出てくる。その泡を「藍の華」と呼ぶのだそうだ。
  「花ですか」とうなずくと、すかさず形山さんが
  「花ではありません、華です」と訂正された。
  私はその言葉を聞いた瞬間に、藍染という伝統工芸に、想像以上の奥深い魅力とロマンを感じた。
  形山さんがポリ容器の中を指差して、
  「これが藍の華ですよ」と教えてくれた。
  コバルトブルーのメレンゲのようなプクプクとした泡状のものが一面に浮いていた。それは、正しく花とはかけ離れたもので、正直に言うならばややグロテスクな感じさえした。
  形山さんは、「この藍の華が出るまで3日から1週間ぐらいの間、ろくろく食事もできないし、眠ることもできないのですよ。不安と期待と、それはもう胸が締め付けられるようです。だから華が出てくると、涙が出るほど嬉しいのです」と目を輝やかせながら話してくれた。
  華の出方によって、染め具合が微妙に変化してしまうからだそうだ。また、こんなことも教えてくれた。
  「藍がお腹をすかせたら、灰汁(あく)でふすまのおかゆを炊いて食べさせるのですよ」
  「えっ、お腹がすくとどうなるのですか?」
  「藍の色が濃く染まらないのです」
  「藍の液って、生きているのですね」
  伺う話しは何もかも初めてのことばかりで、好奇心がかき立てられ、関心は深まるばかりだった。
 
  形山さんが目の前で実際に染めの作業を見せてくれた。
  藍液の中に布を浸し引き上げると、最初は渋茶色から深緑に変化し、青になった。藍液に浸しては引き上げ、空気に触れさせ酸化させることで、藍色を定着させていく。
  次は「藍の華」の浮いた元気のいい藍液に布を浸し、空気に触れさせながら布を広げると、たちまち布は茶色から緑、藍色へと変化するのだった。その色の変わる様子に私は歓声を上げていた。
  藍染をするには麻や木綿が向いているのだが、絹、ウール、皮、和紙なども染めることができるそうだ。しかしそれらは、藍液をたくさん使う上に疲れさせてしまうという。
 
 
  ●ニューオリンズの名誉市民
 
  工房の壁には、アメリカのニューオリンズの市長から贈られた名誉市民賞が飾られていた。その理由は、ニューオリンズは小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)のゆかりの地であり、市長が藍染の愛好家でもあるため、是非にと頼まれハーンの肖像を染め上げたからだそうである。
  作品を見るために地下室へ案内された。そこには外国人の心にも染み入るジャパン・ブルーと言われる藍染の作品がたくさん並べられていた。
  藍が濃く淡く、光の当たる部分は色をつけずに白く、藍染特有の魅力を存分に発揮したものばかりだった。
  藍の濃淡をイメージしながら布地にミシンを掛け、藍が発色していくさまを感じ取りながら、根気よく何度も何度も藍液に布を浸しては空気に触れされる。そして水洗いして乾かし、震える思いで最後の糸を抜く・・・。
  それらのタイミングは、経験と勘でしか決められず、体調と気迫によって様々な結果をもたらす。どんなに思いを込めても、出来栄えが納得できない場合が多いという。それだけに、これぞ納得という作品が生まれたときの喜びは何にも代え難いものがあるのだろう。
  「私の作品は人を選ぶのですよ。そして飾った人が藍からパワーをもらうためか、いいことにめぐり合えるようになったと言って喜んでくださいます」と形山さんは言う。
  「形山さんの藍には、愛が込められているのでしょうね」と、私は感動して言った。
  「これは偶然なのですけど、私は、藍染に携わる以前に生まれた娘に、愛と名づけたのですよ。人はそれが偶然ではなく、そうなると決まっていたのでしょうと言ってくれます」と微笑まれた。
 
 
  ●「花を活ける少女」
 

  地下室には、様々な作品が保管されており、布の大きさが縦横それぞれ1mを超える大作も広げて見せてくれた。中でも「花を活ける少女」と題された作品は、形山さんが精魂を込めて作り上げ、生涯に二度と出せない色だろうと言われだけに見事なものだった。
  「藍を建てる」という地道な作業と緊張を繰り返し、大変な手間を必要とする独自の染色方法を開発したエネルギーは、いったいどこから生まれてくるのであろうか?
  「藍の美しさに感動し、藍が好きだからでしょう。そして二度と同じ色合いのものはできないという緊張感からです。私でなければ作り出せないという自負心もありますし、藍染は、私の天命だとも思っています」と語る形山さんの表情には、少女のようなひたむきさがあふれて、とても魅力的だった。
 


    ●松井さんとの出会い
   

  形山さんは、家づくりについてこんな話しを聞かせてくれた。 
  「私は、真っ先に藍染になくてはならない水のことを考えてこの土地を選びました。そして建築先をどこにしたらよいかとさんざん迷っているときに、偶然に本屋で【「いい家」が欲しい。】に巡り合ったのです。
  読み終わって松井さんのことを、自分が藍染に対するのと同じような心構えで家づくりに取り組んでいる人だと思いました。
  松井さんに出会って、お話しを聞いているときに強く感じたことがあります。
  それは、この人なら心配ない、かならず正直に造ってくださる。何かを持って生まれた人だ、ということでした。同居している息子夫婦が一緒に行ったのですが、マツミハウジングの事務所を出るときに私は、はっきり息子に言いました。
  "松井さんにお願いしましょう。絶対に間違いはない。安心しておまかせできます"と。
  私の母は、生前7〜8回家を建て替えました。私の思い出の中にはいつも大工さんや職人さんがいます。ですから、家づくりに携わる人を見る目は早くから養われていたのでしょうね」。
 
  最後に、藍甕が設置された工房の下にあるコンクリートが打ちっ放しの半地下室を見せてもらった。天上高1.5メートル程の空間は、カラッとしていて、臭いもなく暖かかった。私のイメージの中にある地下室は、なんとなくカビ臭く、ジメジメしていて、冷たいというものだったが、作品が置かれている地下室と同様に、そこの空気も実にさわやかだった。藍染の材料や道具類が仕舞ってあるが、傷む心配が全く無いとのことだった。
 
 
  ●感動のこだま
 
  アインディゴ アート 形山榮依子生きものである「藍」がうまく醗酵して、作家の期待通りにいつも元気でいられるのには、家の性能が影響しているように思えた。マツミの家の工房は、長い時間、床に直に座って作業するのにも楽なのだと感じた。
  形山さんは、「その通りですよ。住み心地のすばらしい家ですから、いつまでも元気でいられて、これからもいい作品をどんどん作れると思います。松井さんには1軒でも多く、このような家を造っていただきたいです」と、心を込めて言われた。
  あっという間に2時間ほどが過ぎて私はお暇した。道の途中で振り返ると、そこには外観がごく普通の家があった。しかし、その家の中には藍染の工房と、作品を保管する地下室があり、それぞれの空間は、小雨降る肌寒い日にも暖かく快適で、梅雨時であっても藍染を干すことができ、どんなに蒸し暑い夏の日にも、爽やかに仕事ができるという。
  そして、「何よりもありがたいことは、孫たちだけではなく、デリケートな藍にも優しい家なのです」と、形山さんは実にうれしそうだった。
  マツミハウジングが造る家には「住む人と造る人との間に感動がこだましている」と、松井さんはよく言われるが、その日、私はたしか  にその美しいこだまを聞いたのだった。それはとても心地よく、今も心の中に響き渡っている。

久保田紀子

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