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海外視察旅行記
世界に誇れる、
住み心地いちばんの家を目指して

2012年9月
イギリスイギリス編

イギリス最先端の家づくり視察

イギリスへ

明日から21日まで、イギリスの最先端の家づくりを視察に出かける。


今日は、世田谷区八幡山のH邸・調布市国領のK邸・三鷹市上連雀のM邸・小平市回田町のN邸を見回った。

この1週間ですべての現場を回り、設計・監督たちに気付いたことを指示した。

昨日は、横浜勉強会の帰りに社長の車に乗り、約1時間にわたりみっちりと打ち合わせをした。

とくに、省エネ基準の改定、すなわち、温熱性能はQ値(熱損失係数)ではなく「外皮平均熱貫流率」になる見通しについて、それがマツミにとってどのように影響するのか、とくと意見を交わした。

わが国の方向性と、イギリスのそれとを比較研究するのが今回の旅行の目玉である。

また、久保田さんは最先端住宅の住み心地について、実際に住んでいる主婦たちにインタビューすることを予定している。現地では、ロンドン在住の省エネコンサルタントの荒川英敏さんが段取りをくんでくださる。

セミデタッチト・ハウス

セミデタッチト・ハウス 1

写真の建物は、イギリスなどヨーロッパによく見られるタイプでセミデタッチト・ハウス(semi-detached house)という。1棟の2または3階建てを中央で区分し、2軒の家が壁で仕切られている。その分、敷地や建設費を節約できる。日本では、「二戸一(にこいち)」というが、最近はタウンハウスともいう。


写真では分かりにくいかもしれないが、ポールを中心にして左側の家は、屋根を葺き替えているが破風や窓周りのペンキ塗りはしていない。右側の家の屋根はだいぶ古く、今にも雨漏れがしそうに見えるが、破風や窓周りのペンキ塗りはしっかり行っている。

一つ屋根の下に暮らすにもかかわらず、メンテナンスにおいてこのような不一致が生ずることに興味を惹かれた。この建物の場合には、どう見ても屋根とペンキ塗りは同時に行う方がベターである。

それを別々にするのは、両家を仕切っている分厚い壁が、心理的な壁としても作用しているからなのだろうか。

ビクトリア時代に建てられたというから、たぶん150年は経過しているだろう。その間、住人は何代か変わったためにメンテナンスについて話し合う機会がなかったのかもしれない。

しばし、ロンドン郊外パークゲイトの路上で、初冬の冷たい風に吹かれながら久保田さんと詮索していたところに、迎えに来た荒川さんから声を掛けられた。

セミデタッチト・ハウス 2

荒川さんは33才のときに正面に建つセミデタチットハウスの手前から2番目を購入した。当時としては、大変な決断を必要としたそうだ。

お子さんたちもここで育ち、その後、娘さんがイギリス人と結婚され、お孫さんが誕生してからは、奥さんとともに年に4ヶ月は滞在されている。


「こうして、ミーヤキャットが見張ってくれている、つまり近隣の目が光っていますよというお陰で、長い間、留守にしても安心していられます」とのこと。

セミデタッチト・ハウス 3

びっくりさせられたのは、50年前にこの建物の設計士が、なんと暖房と換気を行うためのセンターシャフトを考案していたということだ。

シャフトは、中に暖房用のボイラーが設置されていて、下のグリルから各部屋に温風を送り出し、冬季以外は煙突現象を利用して換気のために役立てる。

セミデタッチト・ハウス 4

住んで最初の頃は用いていたが、ボイラーの燃焼音とランニングコストが掛かり過ぎるので使用しなくなっているそうだ。それにしても、センターシャフトには感動した。

セミデタッチト・ハウス 5

リビングでは、ふだんはスタンドの明かりだけで過ごしているという。カメラの性能が良過ぎて明るく見えるが実際は少し戸惑うような暗さに感じる。

しかし、ソファーでしばらくくつろいでみると、なんともいえない安らぎを覚えた。

「日本人も昔はわずかな明かりを楽しむ暮らしをしていたのですからね。節電にもなるし、味わい深いものですね。私もスタンドの明かりで暮らせばもっと住み心地をよく感じるのでしょうね」

久保田さんは、しきりに感心していた。


奥様が用意してくださったイギリス式の夕食をいただきながら会話が弾み、楽しいひと時は瞬く間に過ぎた。

ご夫妻に駅まで送っていただく途中からスコールのような雨になった。

「これがイギリスの気候なのです。すぐに止みますからご心配なく」

駅に着いたときには、荒川さんの言葉どおりになった。


帰りの電車の中で久保田さんから質問された。

「荒川さんとは1991年来のお付き合いと聞いて驚きました。奥さんも松井さんとは相性が合うようで、フレンドリーな雰囲気がとてもすてきでした。

ところで松井さん。

3ヶ月間ほど、ホームステイをしてみたいと言われていましたが、本当におやりになりたいのですか?」

私も自分に質問してみた。

ゼロカーボンハウスの先駆者
Hawkes設計事務所訪問

ゼロカーボンハウスの先駆者Hawkes設計事務所訪問 1
ゼロカーボンハウスの先駆者Hawkes設計事務所訪問 2

はじめてHawkes設計事務所を訪れる人は、みな一様にその想像外のロケーションに驚くに違いない。周囲は見渡す限りの穀倉地帯であり、最寄りの隣家ははるか彼方に数軒だけ点在している。細い木製の電信柱が頼りなげに支えている電線によって、かろうじて文明社会と結ばれているといった風景だからである。


事務所は、薄く舗装されている一車線の細い道路に面し、平屋で板張りに黒ペンキが塗られていた。裏には昔ながらの小さな穀物工場がある。

「こんなところで、よく商売ができるものだ!」という感嘆がほとんどの来客の顔に書いてあるそうで、2年前に一人で訪ねてきた荒川さんも例外ではなかったとリチャード・ホークスさんは両手を広げ大笑いして見せた。

初対面の人の警戒心を一瞬にして吹き飛ばしてしまう、明るさと気さくさにあふれた人だった。


まずは見て欲しいと道路の反対側に連れて行かれた。

ホークスさんが指差す方向に、ユニークな姿をした写真の家が小さく見えた。

「後ほどご案内しますが、3キロ離れている自宅と事務所はそこの小さなアンテナを使って無線ランで結ばれています。

職住接近はとても大切なことで、妻と二人の子供たちと過ごす時間を少しでも増やすための絶対条件です」。

このような自己紹介の仕方はかつて接したことがない。急にワクワクしてきた。


それにしても建物が、いま大きな注目を集めている設計事務所の割りには小さくシンプルすぎていないだろうか。

3日にわたる旅行の準備と12時間のフライトをし、3時間のドライブの後にやっとたどり着いた訪問者の心中には、最初に抱いたロケーションへの驚きの影響は簡単には消えなかった。


事務所の内部は15帖ほどの広さで、接客テーブルが一つ、デスクが4台あり男と女の所員さんが黙々と働いていた。

私の表情を読み取ったらしく、ホークスさんは笑顔で説明した。

「事務所を立派に構えることも大事だと思いますが、インターネットがあるからには、ここでも十分活躍できます」と、自信にあふれて断言した。


11時半ごろから2時過ぎまで、マツミの社長と同じマッキントッシュのパソコンを用いて、自宅の建物が理想的なゼロカーボンハウスとして最高の評価を得るに至った経緯について熱の入ったプレゼンテーションをしてくれた。

いかなる発想と準備と、コーディネートをしたか。


アイディアをケンブリッジ大学との共同研究で実証実験して構造を固め、間取りの設計にあたっては家族の幸せ、喜び、健康、妻の希望とサプライズに思う存分配慮した。建材の選択は地産地消に徹するのは当然として、職人も地元であることを条件とし、物語性の濃い材料と人手を用いるように努めたそうだ。


自宅に移動したのが2時半。チャーミングな奥さんは、小学1年の長男を迎えにいかなければならない時間なのに、気持ちよく応対してくれた。


家の隅々まで、設計上の工夫とアイデイア、そして家族への思いやりと遊び心あふれており、それらに対するアクションを交えた丁寧な解説だけでなく、素材と人手の物語も加えて、ホークスさんの話はエキサイティングに盛り上がり、時の経つのをすっかり忘れてしまったようだった。

だが私は、定時に食事を取らないと体調が極端に崩れ、不機嫌化してしまう悪い癖がある。それを知っている久保田さんが、みんなに気づかれないようにひと口サイズの干しいもをそっと手渡してくれた。

おいしかった。しかし、二つ目をほお張った時にホークスさんが急に振り返って質問してきた。私は、口をモグモグさせるばかりで答えられない。

その様子を見て、久保田さんが笑い出してしまった。


そこで、話を「新換気」の「逆転の発想」に移した。

事前に、日本工業大学の小竿先生からいただいていた「新換気による空気質について」の論文を英訳したものを渡していたので、それに基づいての意見を聞いた。

ホークス事務所は、いまコッツウォルズのFAIRFORD LAKES湖畔に面して60棟ほどのゼロカーボンハウスの分譲プロジェクトに取り組んでいる。その一棟に「新換気」を採用できないか、お互いに検討してみることになった。次回は、社長に来てもらって若い経営者同士で話し合ってもらうことにした。


「逆転の発想」については、ホークスさんは高く評価していて、これからの高齢化の時代の看護や介護の場における臭いの問題は、建築家が真剣に取り組むべきものだと力説した。

「センターダクトを横使いにできないか、それを検討してみたい」とホークスさんは目を輝かせた。

安藤忠雄、隈 研吾の作品をよく知っているというホークスさんが言った。

「私は大勢のスタッフが関わる大きな仕事もしてきていますが、クライアントと一対一で真剣に向き合う住宅づくりにより生きがいを感じています。住人に心から喜んでもらえる家を造りたい」と。

ゼロカーボンハウスのモデル棟は数々あっても、ホークスさんのように家族とともに住み心地の実証実験と取り組んでいる人は見当たらない。

私は、マツミの信条を語り、お互いに「住み心地を究める家造り」が着実に成果を挙げていくことを願い合い、握手を交わした。

マツミの社長がホークスさんと親交を深め、イギリスと日本での「住み心地のトップランナー」同志が研鑽し合えばさらなる成果を生むに違いない。


そこに息子さんが帰ってきて、ホークスさんの懐に飛び込んだ。

「パパはおまえを愛しているよ」

「ボクもパパを愛しているよ」

まるで映画の一シーンを見ているかのように感動的な光景だった。