住み心地は百薬の長
「松井さん、お元気ですか?」
Sさんの奥さんのお声を聞くのは、久しぶりだった。
「今日は、この家に住んでちょうど20年目になりました。10年目の日に、私たち夫婦は誓い合ったのです。こんな住み心地の良い家なのだから、もう10年、元気に暮らしましょうと。その願いが実現したのです。
主人は91歳、私は88歳です」。
声が、50代の女性のように若々しく弾んでいた。
訪問すると、玄関先で片付け仕事をされていた奥さんが、二階に向かって「あなた、松井さんよ。すぐ下りてきて!」と声を張り上げると、「おーっ!」というご主人の返事が聞こえ、直後に階段を下りる足音がした。
その音の力強さからは、とても91歳という年齢が想像できない。私は感嘆して言った。
「力強い足音ですね。まるで若者のようでしたよ」。
ご主人は、満面の笑みで言われた。
「松井さんのおかげですよ。老後を支えてくれるいちばん確かな家を建てたのですから。この家にいつも見守られていると思うと心強いです」。
「ところで、寝室はいまも2階ですか?」
奥さんが笑って答えられた。
「そうですよ。だって、1階はこの子たちのものですから、私たちは2階です。この子たちのためにも二人は長生きしなくては。住み心地は百薬の長ですよ」。
足元に、愛猫が3匹まとわりついてきた。
そのうちの1匹が、私を見上げて言っているようだった。
「本当に、この家は住み心地がいいよ」と。
コラム
- 一条工務店との違い
- 健康長寿の時代の家づくり
- 「エコハウスという魔法」
- 「エコハウス」って?
- 新しい家のカタチ
- 「丁寧な仕事に敬意を払う文化」を破壊する人たち
- 純米酒と父と母
- 心の涙で泣く人間
- からだで感じ、からだで考えるならば
- 先輩の言葉
- 魔法の手
- 妻が喜ぶ家を
- 自足できる家
- ロボットが造る家
- 工務店にしか造れない家
- 91歳で建て替える
- ある精神科医の話
- 住み心地は百薬の長
- 色のある屋根
- 松井 修三 プロフィール
- 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
- 1961年中央大学法律学科卒。
- 1972年マツミハウジング株式会社創業。
- 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
- 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
- 現在マツミハウジング(株)相談役
- 著書新「いい家」が欲しい。(創英社/三省堂書店)「涼温な家」(創英社/三省堂書店)「家に何を求めるのか」(創英社/三省堂書店)